王族ともゆかりのあるスペイディア家のご令嬢が、どうしてこんなところに?
 ……まさかとは思うが、さっきグラシムさんが言っていた内容が関係しているのかも。

『エマ様の父上であるスペイディア家の当主様が、あなたのことをよく話しておられましたからな』

 俺はこれまでいろんな場所に足を運び、訪問治療をしてきた。
 しかし、さすがにスペイディア家には行ったことがない。あそこは公爵家というだけあってかかりつけの医者が常駐しているし、そもそもいくら治癒魔法師だからといって、俺みたいな実績も何もないヤツがそう簡単に会える人物ではないのだ。

 そういった事情から、依頼がない限りはスペイディア家に向かうことはなかった。それ以上に困っているところはいくらでもあったし。

 だから、そのスペイディア家の当主が俺について話をしていたと聞いた瞬間は思わず耳を疑った。聖院という施設そのものが話題になるというなら理解はできるけど、俺個人の話が出ていたなんて……どういう流れなんだ?

「あ、あの、いろいろとうかがいたい点が――」
「大丈夫ですかぁ!」

 グラシムさんからさらに詳しい話を聞こうとしたのだが、それを遮るように野太い大声が響いてきた。
 どうやら、ロアムたちが呼んだ応援が駆けつけたらしい。

「アントルース家の方々ですか……よかった。これでようやく落ち着けます」

 そう告げた直後、グラシムさんはその場に膝から崩れ落ちた。

「っ! ど、どうしたんですか!」

 慌てて駆け寄ると、彼は脇腹から出血をしていた。
 平然とやりとりをしていたから傷は浅いのかと思ったのに、まさかここまでの大怪我だったとなんて。

「すぐに治療します!」

 今回は悠長に治療をしている時間はない。一刻を争う緊急事態ということで、ありったけの魔力を使用して早期回復に努める。
 だが……これは思ったよりも傷が深い。
 よくこれで俺と会話ができていたな。
 普通ならとっくに失神していてもおかしくはないぞ。
 必死に治癒魔法をかけ続けていると、俺の肩に誰かの手がそっと添えられる。

「エ、エマ様!?」
「彼を助けてください……」
 
 目に涙をため、か細い声でお願いされた。
 公爵家の令嬢が騎士のためにここまで感情をあらわにするとは……ちょっと意外だったな。
 ともかく、お嬢様にも言われたからにはどうあっても救いださなくてはいけない。
 周りにアントルース家からの応援が駆けつけてからも、俺は必死に治癒魔法をかけ続けた。
 その結果――

「ぐっ……むぅ……」

 グラシムさんは意識を取り戻す――が、逆に俺が魔力の使いすぎでフラフラの状態になってしまった。

 とりあえず緊急事態は回避できたので、続きはアントルース家のお屋敷に戻ってからゆっくりと聞いていくことにしよう。