馬車から出てきたのは――女の子だった。
 さっき騎士のリーダーっぽい人が「エマ様」と名前を呼んでいたので女性というのは察しがついていたけど……まさかフィクトリア様と同年代くらいの少女だったとは。
 おまけに彼女がひとりで乗っていたようだけど、一体ここへ何をしに来たんだ? 
 或いはどこか別の場所へ向かう道中だったか――って、そういうのはあとで本人から直接聞けばいい。

「お怪我はありませんか?」

 そう言いながら、俺は少女に近づく。
 何かあればすぐに治癒魔法か魔草の力で回復しようと思っていたのだが、

「っ!」

 少女は顔を引きつらせて身を退いてしまう。
 よほどさっきの襲撃が怖かったのだろう。

「エマ様、こちらの方は我らを助けてくださった恩人です」
「あっ、は、はい……」

 そこから言葉が続いて出てこない。
 ……これ以上は難しいか。

 ふさぎ込んでしまったエマと呼ばれた少女の怯えた態度に、騎士の男性はどうしたらよいものかと慌てふためいている。こういう時、あれくらいの年の女の子を精神的に支えられるのは同性の女性がいいのだろうが、どうもあの馬車には乗っていなかったようだ。

 精神的に参っている彼女を救うため、俺はある魔草を取りだす。
 これは身体の回復に使うためじゃなく、メンタルケアの効果がある魔草だ。

 前世にある物の中でもっとも効果が近いのはハーブかな。
 実際、こいつは香りが重要なポイントになっており、お茶にして飲むとリラックス効果がある。初めての場所でリーシャが戸惑わないように作って携帯していたのだが、まさかこんな場面で役に立つとは思っても見なかったな。

「これを飲んでください。気持ちが落ち着きますよ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」

 様子をうかがっていた騎士の男性が止めに入る。
 もちろん毒なんて入ってはいないが、立場上はどうしても中身をチェックしておく必要があるのだろう。

 彼はハーブティーの入った水筒を俺から受け取ると、数滴を手の平に垂らしてそれを口に含んだ。すると、

「う、うまい! いや、それ以上に……気持ちが安らぐ味と香りだ……い、一体これは何なんだ!?」
「魔草で作った物です。魔草茶って感じですかね」
「なんと! そんな物があったとは!」

 男性のテンションは爆上がりし、すぐさまそれを少女へと勧める。
最初は警戒していたが、魔草茶のいい香りに惹きつけられ、ついに口へと含んだ。

「っ! お、おいしい……」

 ひと口飲んだ瞬間に頬が緩み、そう感想を漏らす。顔色もよくなったし、ホッとひと安心したようで落ち着きを取り戻していた。

「ありがとう。君のおかげでいろいろと助かったよ」
「俺はただやるべきことをやっただけですよ」
「ふっ、頼もしいな。私は騎士団のグラシムという者だ」
「俺はハリスです」

 グラシムさんと握手を交わしながら自己紹介をする――と、俺の名前を聞いた途端に彼の表情が一変した。

「ハリス……もしや、聖院から独立したという魔草薬師のハリス殿ですか?」
「えっ? そ、そうですが……」

 なんでそんなに俺の情報に詳しいんだ?
 
「あ、あの、どうして俺の過去を?」
「エマ様の父上であるスペイディア家の当主様が、あなたのことをよく話しておられましたからな」
「スペイディア家――スペイディア家!?」

 それってあの公爵家の!?
 めちゃくちゃ大物のご令嬢じゃないか!
 なんだってそんな人がひとりでここへやってきたんだ……?