ノエイル王国北部。
ここにはかつてレオディス鉱山と呼ばれていた山がある。
ここで採掘される上質な魔鉱石はさまざまな用途で使われ、最盛期には千人規模の鉱山町があるなど賑わいを見せていたが、やがて採掘量が減ってしまい、今では町も廃墟同然となって人は住んでいない――たったふたりを除いて。
「やれやれ……こいつは厄介なことになったねぇ」
ため息交じりに語るのは廃坑となったレオディス鉱山に住み着く老婆の名はアンバー。
魔女である彼女は誰もいなくなった鉱山でのんびり過ごしながら好きな魔法の研究を続けて楽しく暮らしていたのだが、アントルース家から来たという使いが残していった手紙を読んでそんな気持ちは吹っ飛んでしまった。
「ハリスが本当にいなくなってしまうとは……まいったねぇ。ワシの腰にはあの子が栽培していた魔草が一番よく効くというのに……」
魔女の名をもってしても治せない、長らく患っているアンバーの腰痛――だが、なぜだかハリスの持ってくる不思議な力が秘められた魔草を煎じて飲むと痛みがピタリと収まるのだ。効果は二週間ほどだが、長く悩まされ続けていた彼女にとっては非常に喜ばしいことであった。
だが、そんなハリスが突然勤めていた聖院を辞めて独立すると言いだした。
聖院との関係は先々代の院長から続いていたため、一線を退いて隠居状態となっているアンバーを知る者はほとんどいないだろう。なので、ハリスがいなくなると彼女のもとを訪れる後任の者はいつまで経っても挨拶にすらやってこなかった。
そんな時、聖院を出たハリスについて話がしたいと辺境領主であるアントルース家から使いがやってきた。
本来そういう場には興味も魅力も感じないアンバーだが、今回ばかりはそうも言っていられないと数年ぶりに外出をする決意を固める。
だが、他にもハリスの治癒魔法や魔草を扱う技術に助けられている者がいると知り、このままでは彼がそちら側へ流れてしまう恐れもあると警戒したアンバーは、自分の生涯最後の弟子であるマクティを先に彼のもとへと向かわせることにした。
「いいかい、マクティ。ハリスの動向を注視してよそに流れていかないようにするんだ」
「りょーかーい」
「そのためならば、あんたのその無駄に成長した体を使って誘惑をしておやり」
「そんなのに引っかかるとは思えないけどなぁ」
真顔で返したマクティは藍色の髪をファサッとかきあげ、緋色の瞳でアンバーを見つめながら言う。
「ハリスには個人的に恩もあるからお助けするのはいいんだけどさぁ……お師匠はちゃんと他の人たちの前で話せるの?」
「どういう意味だい?」
「だって、アントルース家には他にも凄い人たちが集まるんでしょ? お師匠は魔法の腕こそ世界でもトップクラスだけど、コミュ力はちょっと……」
「たわけ! それくらいワシにもできるわ!」
相変わらずノリの軽い弟子のマクティにツッコミを入れてから、コホンとわざとらしい咳払いを挟んで仕切り直す。
「ヤツの魔草を扱う腕はたいしたものじゃが、聖院の新しい院長はそれを嫌っているようなのじゃ」
「魔法の力で人々を助けたいっていう純粋な気持ちを持っている治癒魔法師って、今や絶滅寸前だもんねぇ。まあ、あたしはハリスのそういうところが大好きなんだけど」
愛用の杖をクルクルと器用に回しながら、マクティはニコッと微笑む。
「そのお手伝いができるよう、ハリスのところへ行ってくるわ」
「うむ。ヤツの力になっておやり」
アンバーがそう言うと、やはりマクティは「はーい」と軽く返事をし、旅立っていった。
「まったく……あれで若い頃のワシより才能溢れておるというから手に負えんのぅ」
大きくため息を吐きながら呟き、アンバーも旅の支度を始めるのだった。
ここにはかつてレオディス鉱山と呼ばれていた山がある。
ここで採掘される上質な魔鉱石はさまざまな用途で使われ、最盛期には千人規模の鉱山町があるなど賑わいを見せていたが、やがて採掘量が減ってしまい、今では町も廃墟同然となって人は住んでいない――たったふたりを除いて。
「やれやれ……こいつは厄介なことになったねぇ」
ため息交じりに語るのは廃坑となったレオディス鉱山に住み着く老婆の名はアンバー。
魔女である彼女は誰もいなくなった鉱山でのんびり過ごしながら好きな魔法の研究を続けて楽しく暮らしていたのだが、アントルース家から来たという使いが残していった手紙を読んでそんな気持ちは吹っ飛んでしまった。
「ハリスが本当にいなくなってしまうとは……まいったねぇ。ワシの腰にはあの子が栽培していた魔草が一番よく効くというのに……」
魔女の名をもってしても治せない、長らく患っているアンバーの腰痛――だが、なぜだかハリスの持ってくる不思議な力が秘められた魔草を煎じて飲むと痛みがピタリと収まるのだ。効果は二週間ほどだが、長く悩まされ続けていた彼女にとっては非常に喜ばしいことであった。
だが、そんなハリスが突然勤めていた聖院を辞めて独立すると言いだした。
聖院との関係は先々代の院長から続いていたため、一線を退いて隠居状態となっているアンバーを知る者はほとんどいないだろう。なので、ハリスがいなくなると彼女のもとを訪れる後任の者はいつまで経っても挨拶にすらやってこなかった。
そんな時、聖院を出たハリスについて話がしたいと辺境領主であるアントルース家から使いがやってきた。
本来そういう場には興味も魅力も感じないアンバーだが、今回ばかりはそうも言っていられないと数年ぶりに外出をする決意を固める。
だが、他にもハリスの治癒魔法や魔草を扱う技術に助けられている者がいると知り、このままでは彼がそちら側へ流れてしまう恐れもあると警戒したアンバーは、自分の生涯最後の弟子であるマクティを先に彼のもとへと向かわせることにした。
「いいかい、マクティ。ハリスの動向を注視してよそに流れていかないようにするんだ」
「りょーかーい」
「そのためならば、あんたのその無駄に成長した体を使って誘惑をしておやり」
「そんなのに引っかかるとは思えないけどなぁ」
真顔で返したマクティは藍色の髪をファサッとかきあげ、緋色の瞳でアンバーを見つめながら言う。
「ハリスには個人的に恩もあるからお助けするのはいいんだけどさぁ……お師匠はちゃんと他の人たちの前で話せるの?」
「どういう意味だい?」
「だって、アントルース家には他にも凄い人たちが集まるんでしょ? お師匠は魔法の腕こそ世界でもトップクラスだけど、コミュ力はちょっと……」
「たわけ! それくらいワシにもできるわ!」
相変わらずノリの軽い弟子のマクティにツッコミを入れてから、コホンとわざとらしい咳払いを挟んで仕切り直す。
「ヤツの魔草を扱う腕はたいしたものじゃが、聖院の新しい院長はそれを嫌っているようなのじゃ」
「魔法の力で人々を助けたいっていう純粋な気持ちを持っている治癒魔法師って、今や絶滅寸前だもんねぇ。まあ、あたしはハリスのそういうところが大好きなんだけど」
愛用の杖をクルクルと器用に回しながら、マクティはニコッと微笑む。
「そのお手伝いができるよう、ハリスのところへ行ってくるわ」
「うむ。ヤツの力になっておやり」
アンバーがそう言うと、やはりマクティは「はーい」と軽く返事をし、旅立っていった。
「まったく……あれで若い頃のワシより才能溢れておるというから手に負えんのぅ」
大きくため息を吐きながら呟き、アンバーも旅の支度を始めるのだった。