ハリスがストックウェル商会との商談を始めるより数週間前。
ノエイル王国南部。
そこには大陸一と噂される星屑迷宮と呼ばれるダンジョンが存在していた。
輝く星々を散らばらせた夜空のごとき広大さからそう名付けられたダンジョンには、各地から腕利きの冒険者たちが一攫千金を夢見て集まってくる。
そんな猛者揃いのパーティーが集う中、ひと際目立つのが獣人族のみで構成されている《鋼の牙》だ。
星屑迷宮の近くにあるテント群。
その一角に、《鋼の牙》の活動拠点となっているそこに、これまで多くのダンジョンで成果をあげてきたパーティーリーダーで虎の獣人族であるゾアンはいた。
魔力のない獣人族なので魔法こそ使えないが、人間よりも遥かに優れた身体能力と筋力を生かした格闘術で数多のモンスターを葬ってきたのだ。
そんな彼は治癒魔法使いで魔草薬師でもあるハリスに全幅の信頼を寄せており、仲間たちの怪我に効く魔草薬を完成させてくれと以前からお願いをしていた。
ハリスと彼の師匠であるグスタフはともに優れた治癒魔法使いであり、何より患者のことを第一に考えている姿勢をゾアンは気に入っている。
――だが、別れは突然やってきた。
ある日、ハリスが聖院を退職すると伝えに来たのだ。
話を聞く限りでは自主退職というわけではなく、因縁をつけられてのクビだった。
事実を知ったゾアンは激昂。
おまけに、ハリスの後でやってきた聖院の新しいトップことドレンツは、今後の治療についてこれまでとは比較にならないほどの法外な値段をふっかけてきたのだ。
あまりにも誠実さに欠ける対応に、ゾアンは怒りを通り越して呆れてしまう。
そんな中、ノエイル王国の辺境を治めるアントルース家から使いがやってきて、ハリスの今後について話がしたいと伝えてきたのだ。
《鋼の牙》へ直接依頼をしてくる貴族もいるため、リーダーのゾアンは何人かの貴族とは面識がある。しかし、アントルース家の関係者とは一度も会ったことがなかった。
本来ならスルーしているような案件だが、ハリスの名前を出されては放っておくわけにはいかない。
そう判断したゾアンは、旅の支度が整うまでの間、娘のジュリクにハリスの住んでいるデロス村へと向かわせることにしたのだ。
「――というわけだ。おまえは先行してハリスのもとを訪れ、あいつをいろいろとサポートしてやれ」
「分かりました」
ゾアンの娘のジュリクもまた父と同じ虎の獣人族で、褐色の肌に濃紺の瞳が印象的な少女であった。年齢は十四歳と若く、しかしそれでいて冒険者としての実績は十分。パーティーメンバーもこのままジュリクがリーダーを継いでくれたらと常々思っているほどだ。
しかし、人生の大半をダンジョンで過ごしてきたジュリクはまだまだ視野が狭い。
人間であり、おとなしいジュリクが気に入っている数少ない存在のハリスならば安心して彼女を任せられると思ったのだろう。
「ハリスは今いろいろと困っているはずだ。おまえの戦闘力がきっとあいつの助けになる」
「はい。それでは行ってまいります」
「おう」
感情の起伏が乏しく、ほとんど表情が変化しないジュリク。実の父親であるゾアンでさえ時折何を考えているか分からなくなるほどのポーカーフェイスだが、なぜかハリスは的確にジュリスの思考を読み取れるのだ。
「あいつが冒険者としてひと皮むけるきっかけになるかもしれん……そっち方面でも期待しているぜ、ハリス」
娘の出発を見送った後、ゾアンは「準備を急げ、野郎ども!」と仲間に指示を飛ばした。
ノエイル王立学園やストックウェル商会に続いて、新たな常連がアントルース家を目指して動きだす。
ノエイル王国南部。
そこには大陸一と噂される星屑迷宮と呼ばれるダンジョンが存在していた。
輝く星々を散らばらせた夜空のごとき広大さからそう名付けられたダンジョンには、各地から腕利きの冒険者たちが一攫千金を夢見て集まってくる。
そんな猛者揃いのパーティーが集う中、ひと際目立つのが獣人族のみで構成されている《鋼の牙》だ。
星屑迷宮の近くにあるテント群。
その一角に、《鋼の牙》の活動拠点となっているそこに、これまで多くのダンジョンで成果をあげてきたパーティーリーダーで虎の獣人族であるゾアンはいた。
魔力のない獣人族なので魔法こそ使えないが、人間よりも遥かに優れた身体能力と筋力を生かした格闘術で数多のモンスターを葬ってきたのだ。
そんな彼は治癒魔法使いで魔草薬師でもあるハリスに全幅の信頼を寄せており、仲間たちの怪我に効く魔草薬を完成させてくれと以前からお願いをしていた。
ハリスと彼の師匠であるグスタフはともに優れた治癒魔法使いであり、何より患者のことを第一に考えている姿勢をゾアンは気に入っている。
――だが、別れは突然やってきた。
ある日、ハリスが聖院を退職すると伝えに来たのだ。
話を聞く限りでは自主退職というわけではなく、因縁をつけられてのクビだった。
事実を知ったゾアンは激昂。
おまけに、ハリスの後でやってきた聖院の新しいトップことドレンツは、今後の治療についてこれまでとは比較にならないほどの法外な値段をふっかけてきたのだ。
あまりにも誠実さに欠ける対応に、ゾアンは怒りを通り越して呆れてしまう。
そんな中、ノエイル王国の辺境を治めるアントルース家から使いがやってきて、ハリスの今後について話がしたいと伝えてきたのだ。
《鋼の牙》へ直接依頼をしてくる貴族もいるため、リーダーのゾアンは何人かの貴族とは面識がある。しかし、アントルース家の関係者とは一度も会ったことがなかった。
本来ならスルーしているような案件だが、ハリスの名前を出されては放っておくわけにはいかない。
そう判断したゾアンは、旅の支度が整うまでの間、娘のジュリクにハリスの住んでいるデロス村へと向かわせることにしたのだ。
「――というわけだ。おまえは先行してハリスのもとを訪れ、あいつをいろいろとサポートしてやれ」
「分かりました」
ゾアンの娘のジュリクもまた父と同じ虎の獣人族で、褐色の肌に濃紺の瞳が印象的な少女であった。年齢は十四歳と若く、しかしそれでいて冒険者としての実績は十分。パーティーメンバーもこのままジュリクがリーダーを継いでくれたらと常々思っているほどだ。
しかし、人生の大半をダンジョンで過ごしてきたジュリクはまだまだ視野が狭い。
人間であり、おとなしいジュリクが気に入っている数少ない存在のハリスならば安心して彼女を任せられると思ったのだろう。
「ハリスは今いろいろと困っているはずだ。おまえの戦闘力がきっとあいつの助けになる」
「はい。それでは行ってまいります」
「おう」
感情の起伏が乏しく、ほとんど表情が変化しないジュリク。実の父親であるゾアンでさえ時折何を考えているか分からなくなるほどのポーカーフェイスだが、なぜかハリスは的確にジュリスの思考を読み取れるのだ。
「あいつが冒険者としてひと皮むけるきっかけになるかもしれん……そっち方面でも期待しているぜ、ハリス」
娘の出発を見送った後、ゾアンは「準備を急げ、野郎ども!」と仲間に指示を飛ばした。
ノエイル王立学園やストックウェル商会に続いて、新たな常連がアントルース家を目指して動きだす。