「どうしてそこまで、俺なわけ?」
自意識過剰だとは、わかっていた。それでも、俺にこだわる理由がわからない。
「優しいから?」
予想外の言葉に「はぁあ?」と、つい出てしまった。マリンは顔を上げて、唇を綻ばせる。
「ソウくんなら、お願いすればやってくれるかなぁって。他に男の子の知り合い、いないし」
「そもそも、その会いたい人は良いのかよ。勘違いされるだろ」
「好きだけど、付き合いたいとか、おこがましいこと思ってないもん! 私がここにいて、元気にやってる姿を見せたいの。元気とか、笑顔って伝染するでしょ」
ニコニコと笑顔を携えて、俺に一歩近づく。確かに、マリンの笑顔を見ていると、つい頬が柔らかくなる。
「だから、お願い! 私は、あの人に元気が届くならなんでも良いの。動画配信ならきっと見ると思うの」
お願いお願いと両手を組んで、俺を上目遣いに見つめる。不意打ちの可愛い仕草に、胸が高鳴った。ずるい、本当にずるい人だ。
「暇さえあれば動画見てるって、言ってたもん」
ぽつんっとつぶやいた言葉に、ハッと我に帰る。
「それ、カップルチャンネルじゃなくていいじゃねーか!」
「女子高生の日常なんていっぱいあるでしょ! だから、そういうところとの差別化は必要でしょ?」
「カップルチャンネルだって、数えきれないほどあるわ!」
つい、ツッコミを入れてから、マリンの顔を見る。しょんぼりした顔で「知ってるよ、そんなの」と小さく答えていた。悪いことをした気になって、言葉がうまく出てこない。しどろもどろになりながら、捻り出した言葉は、自分でも想定外だった。
「カップルじゃなくて……普通に二人組なら良い。顔出しはしないけど」
「本当? ありがとう!」
俺の手をブンブンと振り回して、途端に笑顔を浮かべる。そして、飛び跳ねるように歩き出した。
「まずは、チャンネル名だね、マリンソウ? 単純だなぁ……」
「おいおい、やるとは」
今更、否定しても遅かった。
こちらに顔だけ向けて、俺を指さす。
「言ったじゃん!」
言った。確かに、口が滑った。
マリンは、スキップするように進んでいく。
「マリンは入れたいから……」
もうやるしかないなら、変な名前にならないようにするだけだ。あんなに詩的な表現をするくせに、出てくるチャンネル名は、変なものばかり。だから、口を挟んでしまう。
「ハーバーマリンとか?」
単純すぎるとは思う。直訳した俺の名前と、マリンの名前を重ねただけだ。それに、湊という字を入れる不安はあった。だから、せめてもの抵抗だった。
一度炎上した俺の頭文字が入っていたら……と想像してしまう。
マリンは小さい声で「ハーバーマリン……」と呟いてから、うんうんと何度も頷く。そして、パッと顔を上げて、「いいね!」と声を上げた。
「うんうん、しっくりくる! マリンは海のことだし。良いネーミングだよ! ソウくんセンスある〜!」
茶化したように、呟く。そして、もう一度大きく頷いた。
「それにしよう!」
スマホをポケットから取り出して、両手で打ち込み始める。忘れないようにメモをしてるんだろう。
終わったかと思えば、ぐっと俺の方にスマホを向ける。よくよく見れば、連絡先のQRコードだ。
「撮影の連絡に必要でしょ?」
「わかったよ」
「編集は私がやる! ソウくんは、撮影に付き合ってほしいんだ」
付き合うと言ったからには、やる。どうせ、何もすることなく夏休みも暇してるんだから。
「これで、ソウくんの将来やりたいことが見つかると一石二鳥だよねぇ」
一応、マリンなりに俺のことを考えてくれていたらしい。ふふふっと不敵に笑って、俺の肩をポンポンと叩いた。
余計なお世話だ、と言いたくなる。それでも、そうなったら、いいなぁという思いも、体の奥の方で少しだけ湧き上がっていた。