「気づいてたよ」
「あ、やっぱ、バレバレだった?」
「普通追いかけて、こんな田舎来ないだろ」

 マリンは俺の言葉をすぐさま「ううん」と否定した。そして、くるくると周りを見渡しながら、街のいいところを上げていく。

「人が優しい。これはもちろん、ソウくん含めてね」
「初対面からタオルとウィンドブレーカー渡すくらいだもんな」

 自分自身で言って、ドヤ顔をしてしまった。でも、そうしてしまうほどマリンは、心許ない顔をしていた。だから、俺じゃなくたって、同じことをしただろう。

「それに、夕日が沈む海って、宝石箱みたいじゃない? キラキラとした宝石が、箱の中に入っていく感じ」

 情緒的な表現に、感嘆のため息を漏らす。会った時から思っていた。マリンはちょっと変わってるけど、言葉が美しい。素直に、そう思った。

「マリンってさ、表現が変だけどキレイだよな」
「普通の感覚のつもりなんだけど、結構言われる。変だよねって」

 にししっと笑って、腕を広げて胸いっぱい空気を吸い込む真似をした。

「空気もおいしい! ちょっぴり切ない塩の香りがして」

 俺もマリンを真似て、空気を胸いっぱい吸い込んでみる。塩の香りが鼻の奥に、ふわりと漂う。確かに、ちょっと、切ない香りにも似てる気がした。

「マリンが配信したら、人気者になりそうだな」

 こんなに美しい表現をする彼女を、世間は放っておかないだろう。俺だって、目が離せなくて、ここまで付き合ってしまってるんだから。

 マリンは飛び跳ねるようにガードレールから降りて、俺の前に立つ。そして、俺の両手を握りしめた。
 
「でしょ? だから、一緒にやろ!」

 そういう意味で、言ったわけじゃない。あまりにも純粋なキレイな瞳で、見つめるから断りづらい。しかも一度、イヤだと即答してるし。

「有名になるって良いことないよ?」
「なによー! 一緒にやってくれるのかと思ったのに」

 俺の手をパッと放して、頬を膨らませる。アドバイスを、耳にする気はないらしい。勝手にフラフラ歩き始めたマリンを追いかけて、続ける。

「妬まれるし、僻まれるし、勝手な自分像を作り上げられるんだぞ」
「そんなの承知の上でしょ」
「それに、すぐ炎上するんだからな! 今の世の中!」

 一ミリの事実もないのに、俺が弄んで傷つけたという噂はあっという間に広まった。最低配信者として、俺の名前も同時に。槍玉に挙げられた俺のアカウントには、いまだに「死ね」や「クソ野郎」などが届いてるだろう。

 考えてから、消したことを思い出した。イヤになって消してしまったことを、後悔はしてない。それでも、二年間の俺の生活が消えたみたいで寂しさはある。

 それに……もうやりたいことも思いつかない。世界はいつだって、カラフルな音で溢れていたのに。遠くの海の、波が押し寄せる音と、マリンの足音だけが耳に入る。

 ザザァン。
 タッタッタ。

 ピタ。

 俺が一人で考え込んでいたせいか、マリンは立ち止まって、振り返っていた。そして、俺の目を見てもう一度、懇願する。

「顔は出さなくて良い。夏休みの間だけ。お金も全部私が出す。ソウくんは、遊びに付き合ってくれるだけで良い」

 だから、一緒にカップルチャンネルをやってくれってか?
 言いかけて、あまりに真剣な顔をするから、ごくんっと唾を飲み込んでしまった。

「お願い、私と付き合ってください」

 手を差し出して、ペコっと頭を下げる。まるで、愛の告白みたいだった。二人の間の時間が止まる。

 ううん、愛の告白だったら、俺は素直に受け止められたかもしれない。

 とくん、とくんっと、心臓が脈打つ音だけが、全身に広がっていく。