丁寧な敬語で話しかければ、涼音はむずがゆそうに、体を捩らせた。そして、振り返って、噛み付くように俺にキスをする。
「仕返しー!」
バタバタと腕の中で暴れる涼音を、もっと力強く抱き留めた。
「溺れたら危ないだろ」
「人魚は溺れません!」
そして、涼音は完全に信頼してるというように、身を委ねる。そんな涼音に愛しさが体の中心から込み上げてくる。涼音といるだけで、ワクワクが止まらない。いつだって、可愛い、腕の中の涼音をどうしたらいいのか、悩んでからもう一度だけ「好きだ」を口にした。
涼音は、小さく「私もだよ」と答えてから、もう一度俺の頬にキスを落とした。
これが、物語だったら、涼音の足は人に戻ってハッピーエンドだろうか。そうはならない気もする。それでも、まだ、腕の中に涼音は居る。
「最後にね、ソウくんに会えて、キラキラした顔を見れて、本当に良かった」
「もう、取り返しはつかない?」
できたら、恋人として時間を過ごせればいいのに。そんな期待から、バカみたいな言葉を口にする。先ほどから、涼音はずっと俺にそう告げているのに。
「取り返しはつかない、って言い方やめてよ」
「……ごめん」
「私は、結構満足してるんだよ」
ぱしゃんっと水飛沫が上がる。自由自在に、ヒレを動かす涼音は楽しそうだ。
「俺は、少しだけ寂しい」
「でも、大丈夫でしょ」
大丈夫か、大丈夫じゃないかで言われれば……大丈夫じゃないと思う。涼音のことばかりが頭を占めているし、離れたくないし、せっかく両思いだったのに、という気持ちばかり湧いてくる。
それでも、涼音の選択だから、口を出す権利はない。それに、一夏の夢だったとも思えはしなさそうだった。
「ソウくんと出会えて、楽しかったよ」
終わりの時間が近づいてるような言葉に、涼音を抱きしめる力を強めた。制服は水を吸って、重たくなってる。それでも、手を離したくなかった。涼音のおかげで、また、取り戻せたものはたくさんある。それでも、まだ、離れたくない。
「涼音と」
一緒にいたい。それを口に出してしまえば、きっと、悲しい顔をさせる。だから飲み込んで、もう一度だけ口づけた。
「一緒にいられて俺も楽しかった」
強い風が吹いて、波が荒れる。俺と涼音の距離が開いて、大きな波に飲まれたかと思えば涼音は目の前から消えた。
本当に人魚になってしまったんだなという感想を抱けば、耳に涼音の歌声が響く。俺も重ねて口ずさめば、くすくすと笑う声が、聞こえた気がした。
Fin