人魚姫みたいに、消えてなかった。その事実に、ほっと安堵する。

「マリン、涼音って呼んだほうがいい?」
「どっちでもいいよ。どっちも、私だもん」
 
 体が崩れ落ちそうなのを、耐えて、喉の奥に詰まった想いを口にした。

「会いたい。好きだ、俺、マリンが好きだ。傷つけたことは、謝りたい。カップルチャンネルのビジネスみたいな、感じじゃなくて、本当の恋人だったら、どれだけいいか、ずっと想像してた」
「うん」

 控えめに、頷いた音に、拒絶じゃなかった声に、つばを飲み込む。そして、溢れていく想いをとめどなく、何度も口にした。

「好きだ。もう、消えないで」
「先に消えたのは、ソウだけどね。そして、ごめんね」
「それは、ごめん。マリンは、もう俺に会いたくない?」

 聞きたい、聞きたくない。
 胸の中の二つの思いを、ぐっと押さえ込む。

「会いたいよ。私がこうやって自分の声で投稿始めたのも、ソウくんにずっと伝えたかった」

 嘘でも良かった。でも、マリンの声は、嘘じゃない。

 隣から動いたミツルの方を、見つめる。ミツルは俺らのやりとりを聞かないためか、フェンスに近寄って、イヤホンを耳にはめていた。

「どうして、始めたんだ?」
「ソウくんが素直に謝罪動画を上げてるのを見て、あぁ立ち向かったんだなぁって思ったの」
「見てくれたんだ……」

 見てくれると、期待してた。確かにしてたけど、本当に見てくれてるとは思っていなかった。そうだったら、いいなぁという希望的観測くらいだ。

「ソウが向き合ったっていう勇気を見て、私の声が届いたんだなって。だから、最後に今の私の歌を聞いてもらおうと思って上げてみた」
「最後に?」
「ソウくん見てたら、私のままでも良かったなって……思えたの」
「俺は、マリンの声が好きだよ」

 一度伝えた思いは、緊張をひょいと乗り越えて、口から飛び出ていく。マリンがコンプレックスに向き合えた事実も、嬉しい。

「ずっと、海夢のこと、カイムって俺呼んでたんだ」
「そうなんだなぁって、動画の投稿を見てて気づいたよ。ソウくんって意外に……漢字に弱かったんだね」

 耳に響く、くすくすという笑い声に、すっかり心はあの距離に戻っていた。急にマリンが消えてしまう、あの前に。

「悪かったな」
「ううん、私こそ勘違いで急にいなくなってごめんね。覚えててくれていないんだって思って、すごいショックで、本当は帰ってなかったんだけど。ソウくんから逃げちゃった」

 すれ違っていた二人の線が交わっていくのを、感じた。俺とマリンは、まだ繋がってる。

「マリンがいなくて、マジでショックだったし、めちゃくちゃ探した。炎上と向き合ったのだって、マリンと再会したいっていう下心だよ」
「でも、向き合ったのは、事実でしょ! えらいよ、えらいえらい」