「ねぇ! 私に嫌がらせしたくて呼んだの? 炎上させたのは悪いと思うよ、でも、湊音が返事をくれないからじゃん!」
「これからも、湊音としてやっていくために、きちんと真実を明かしたいんだ。他の視聴者のみんなにも」
「なにそれ、私だって視聴者なのに、私はどうでもいいってこと?」

 ルミカさんジロリと俺を睨みつけて、イスに座り直す。飽きたように俺から目線を逸らして、ネイルを見つめる。湊音としてやっていくために、真実を明かしたいのは、本音だ。でも、それよりもマリンの手掛かりが欲しい。マリンに謝るための、炎上を抑える手立てが欲しい。

 そんな自分勝手な、願いの方が大きかった。

「あー損した。こんな人だと思わなかった」
「一視聴者として、大切なファンの人だと思ってます。でも、恋心として、好きとかではないです」
「はいはい、はいはい、で、なに? 訂正しろって? だってあれは、湊音が悪いでしょ。私を勘違いさせた」
「勘違いさせることをして、申し訳ありませんでした」

 俺が頭を下げることで、マリンが戻ってくるならいくらでも下げる。勘違いが、炎上がおさまって、もうマリンが傷つかなくていいなら、それでいい。考えて、最低な、自分勝手なことに気づいた。
 一方的に俺に好意を寄せて、勘違いしてるネットストーカーを自分勝手だと言っていたけど。俺だって自分勝手だ。

 ただ、マリンとのつながりを取り戻したいがために、目の前の女の子を傷つけてるんだから。たとえ、それが真実であったとしても。正論だけが、正しいわけじゃないことは、何度も知ってきたのに。正論を振りかざして、俺は悪くないって言い訳しに来てる。

 ずきん、ずきん、と脈打つたびに頭が痛む。

「もういい、チャンネルもお気に入り外す。訂正は自分でやって。あーまじ、時間無駄にした。カップルチャンネルとか始めた時も思ったけど、お前本当に最低だからな?」
「ごめんなさい」
「湊音の声聞いた瞬間に、運命だって思ったのに。こんな人だったとか、信じらんない。視聴者裏切ったことには変わりねーんだよ。何被害者ヅラしてんの?」

 最初とは打って変わった低い声に、体の芯がビリビリと痺れる。ミツルが隣で、ごくんっとコーヒーを飲み込んだ音だけがやけにリアルに聞こえた。

「最初っからマリン、マリンって、エコ贔屓してただろうが」
「最初っから?」
「はぁ?」
「マリンって、俺の視聴者にいたんですか?」

 ついタメ口になりそうになったのを、慌てて敬語に変換する。焦りが、口から出そうになった。俺の言葉に、ルミカさんは信じられないものを見る目で、顔を見つめる。

「記憶喪失? マリンのことすら、勘違いとか言うの?」
「本当に記憶にないんです……」
「いっつも、マリンとだけやりとりしてただろ! ミックス頼んだり、リクエストにやるって答えたり」

 ミックスを頼んでたり……?
 ミックスを頼んだ相手なんて、片手で数えるほどしかいない。ほぼほぼ、自分でやっていたんだから。

 瞬時に思い浮かんだのは、海夢のことだった。それでも、海夢は違う。だって、カイムという名前だし……
 サブ垢でもあったらわからないけど、サブ垢も記憶にない。

「マリンマリンって、毎日のようにやりとりしてたのに、記憶にないとか言われてんの、惨めだね、あの女も」
「マリンのアカウントを教えてくれないですか」
「はぁ? なんで私が」

 ギロっと俺を睨んでから、ニタァと口元を歪めて笑う。

「じゃあ、湊音が彼氏になってくれるならいいよ」

 先ほどチャンネルを外す、と言っていたのに。この子は、何がしたいんだ。何もわからずに、ただ、体が恐怖で縮こまる。それでも、その提案だけは受け入れられない。

「それだけは、無理です」
「じゃあ、答えなくていいんだね、で、話はそれだけ?」

 トントンっと指で机を叩いて、早くしろと急かされる。マリンへの手がかりが、後少しのところまで来てるのに。

 ミックスを頼んだ人を、片っ端から当たるか。マリンだったら、返事はくれないかもしれない。それでも、その時は、その人がマリンだとわかる。