「ミツル、ごめん付き合わせて」
「覗きはできないもんなぁ」

 そう答えた瞬間、スマホがポケットの中で震えた。取り出して画面を見れば、ずっと、見たかった名前。

『ごめんね、帰ることにした。今まで付き合ってくれて、ありがと』

 その言葉だけ、だった。慌てて電話をかけても、やっぱりトゥルルルルという音だけで、返事はない。メッセージを送っても既読も、付かない。

 ミツルが、俺を揺さぶる。

「どうしたの?」
「マリン、帰ったって」

 スマホを、ミツルに渡す。もう何も考えられなかった。頭が真っ白で、何を口にしていいかもわからない。

「ケンカでもしたのか? 追いかけてくれって言うのも」
「ケンカなら、よかったな」

 ケンカならごめんって、謝って、俺はマリンと仲直りをした。夏休みの期間しか、一緒にいれないことがわかってるから。ケンカですらなく、マリンは俺に何も言わずに消えようとしてる。

「詳しく教えろよ」

 説明しようとした途端、職員さんと目があった。気まずくなって、ミツルを引っ張って外に出る。照りつける日差しは容赦ない。じわりと汗が吹き出て、呼吸が乱れていく。

 それでもうまく回らない頭で、今までのことを説明する。俺が『湊音』という歌い手をしていたこと、『炎上』のこと、そして、マリンに「わからない?」と聞かれたこと。全てを一から口にすれば、俺のバカさ加減に腹が立ってきた。

 ミツルは静かに、頷きながら俺の話を聞いた後、俺のスマホを振りながら問いかけてきた。

「その湊音のアカウントは復活できないのか?」

 SNSのアカウントは、三十日間は消えないはず。ミツルの手からスマホを奪い取るように、引っ張った。アカウントにログインしてみれば、すんなりと表示が戻ってくる。

「マリンって名前を探そうぜ」

 ミツルの提案で、気が遠くなるほど投稿をスクロールした。それでも、リプライには、マリンという名前はいない。
 誹謗中傷の文字を見るのが怖くて後回しにした、DMを開けばいつも通りの海夢からの心配のメッセージが目に入った。

 海夢だったら、知ってるだろうか……。

 想像していたよりも、暴言やストーカーの文字は頭に入ってこない。マリンの形跡を探す方が、俺にとっては大事だった。一番下までスクロールし終わって、肩を落とす。ミツルは、俺の肩を慰めるようにトントンと叩いた。

「マリンを他に知ってそうな人はいないのか?」

 父さんと同じ質問に、ネットストーカーが思い浮かんだ。マリンが落ち込んでいた原因のコメントを、必死に思い出す。また、って書いてなかったか……?

 スマホで動画コメントを開けば、『また、マリンかよ。鬱陶しい』という一文を見つける。

「マリンのこと、知ってる……」
「その、ソウが、炎上する原因になった子?」

 ミツルは言いづらそうに口にしてから、スマホを覗き込む。そのコメントを指でなぞりながら、読んでいく。
 
「また、マリンかよ、って書いてる」

 ネットストーカーは、マリンのことを知ってる。俺の記憶にはない。でも、この人の記憶には、ある。
 
 あるとして、どうする? DMを送ったところで、普通には、答えてくれないだろう。

「連絡してみるか? ソウは怖いかもしれないけど」

 ミツルの提案に、喉が締め付けられる。怖い。怖いけど……
 俺は、まだ、マリンとの縁を諦めたくない。

 マリンが電車に乗り込むイメージが、浮かんで、呼吸が乱れた。このまま、二度と会えなくなって、たまるか。