姉ちゃん自身の問題じゃなかった、ってことか? 外の緑を眺めたまま、父さんの言葉の続きを待つ。
「ストレスで心が風邪引いたみたいでな。ただこんな田舎だろ。すぐに噂は広まるだろうし、ってネットで診察を受けてたんだ。それが、悪かったんだろうな」
今まで知らなかった事実に、自分勝手さが身に染みて、ジクジク心が痛む。
「母さんとお姉ちゃんで、一ヶ月に一回くらい出かけるだろ」
母さんは、いつも姉ちゃんばかり優先してると思っていた。出かけるのだって二人きりで、酒田の方までわざわざ……
「ちゃんとしたところに通ってるんだよ、今」
「なんで教えてくれなかったの」
「ソウにとってのストレスになるかもなと思ってな。でも、薄々気がついて、我慢してくれてるのかと勘違いしてた」
姉ちゃんの現状を知りしなかった。受験のストレスを俺に八つ当たりしてるんだと、思っていた。ただ、俺は弱いから……
言い返せなかっただけで、ぶつかろうとしなかっただけで……我慢なんかじゃない。
車が砂利を踏んで、ガタガタと音を立てる。そして、駐車場に車を停めた。由良海岸前のカフェみたいなところを、父さんは指さす。
俺はもうあの頃の小さい子供でもないのに。ソフトクリームで機嫌を取れると思ってる、父に、おかしくなって、ふっと吹き出してしまった。
二人で車を降りれば、潮風に、髪の毛が弄ばれる。顔面に吹き付ける風に、顔を無理矢理あげれば、父は店の前のメニューを読んでいた。
「かき氷なんかも、あるみたいだぞ」
季節限定だろうか。さくらんぼ果肉入り氷、というのもあった。一番高いから、それにする。さくらんぼが好きというより、少しでも父を困らせたかった。
子供みたいなワガママに、自分で自分が嫌になる。
店員さんが持ってきてくれたかき氷は、薄く赤色に染まってた。スプーンを差し込んで、口に放り込めば、キィンと頭に響く。
「ソウも、何かあったのか」
父はかき氷を食べる俺を見ながら、コーヒーを優雅に口に運ぶ。そういえば、甘いものを食べない人だった。
「まぁ、ちょっとね」
マリンとのことを素直に言えるわけもなく、濁す。父さんからの「そうか」という返事を待っていたのに、全く違う返事が返ってくる。
「あの動画のことか?」
口に運んでいた氷が、噛み砕きもせずに喉の奥に流れていった。ごほ、げほっと咽せていれば、水を差し出される。
父さんにまで、見られているとは思わなかった。全世界で、誰でも見れる状態で発信してるんだ、こういうこともあり得る。
「知ってたのかよ」
「時々、部屋でも歌ってた、だろう? たまたま見つけてな」
「そっちかよ」
思いもよらない「湊音」の方で、また、咽せそうになった。
「全て消しちゃったんだろ? 炎上の件も読んだが……」
「そこまで知ってんのかよ」
「ソウは、相談してこなかったから、どうにかなってると思っててな。すまないな」
それは、家族に対して無関心でということだろうか。父さんは、父さんなりに俺たちを見てくれてること。育てるために、必死で働いてくれてることも知ってる。
漁師という仕事柄、顔をあまり合わせなのは寂しいけど、それもしょうがないとも思ってる。
「それは、まぁ、もういいんだよ」
「いいのか? あんなに楽しそうだったのに。あぁ、最近も楽しそうだったから、また何か見つけたのか」
思ったよりも、見られていたことが恥ずかしくなってきた。残りのかき氷をざくざくと、口にかき込めば、頭がまたキィイインと痛んだ。
「姉ちゃんのこと、教えてくれなかったのは、俺のためだったことはわかった」
話を戻せば、父さんはこくんと頷く。姉ちゃんがまさか、鬱だとは思っていなかったし、ただのヒステリックだと思っていた自分を恥じた。姉ちゃんなりの苦悩もあるんだろう、とは予想できていたのに。
もっと優しくすればよかった?
その事実を知っていたらもっと我慢できた?
それは……自分でもわからない。
「二人とも、俺たちには大切な子だからな」
いい話風にまとめようとする父さんを、ちらりと見つめる。いつのまにか、薄くなってきた髪の毛や、目の周りのシワ。全然気づかなかったけど、父さんも年老いてきてるんだ。
そんなことを実感して、胸がぎゅうっと締め付けられた。いつまでも、ワガママでヒステリックで、自分勝手なのは、俺じゃねーか。
「ソウは、やりたいことをやれ。父さんは応援してるから。炎上の件だって、誤解だろ?」
「誤解だよ。誰か一人を特別にしたことは、あの時はなかったし……弄んだ事実もない」
「そうか」
「まぁそれでも、謝れば丸く収まっていたのかもと思うこともあるよ」
俺は、悪いことをしたとは思っていない。けど、勘違いをさせてしまったことを詫びていれば、もっと違う道に出ていたかもしれない。でもそしたら、マリンと出会わなかったのか。
マリンのことを思い出して、体が急に重たくなった。俺の様子を見ていた父さんは、不思議そうに、目を細める。
「なんだ、好きな子でもいんのか」
「なんだよ、いきなり」
「あの時はって言っただろ」
「それは、言いようというかなんというか」
取り返しがつかなくて、手元のかき氷のコップで手を遊ばせる。目線を逸らせば、父さんは「ほぉほぉ」とか茶化してきた。
「それで悩んでんのか?」
「父さんに関係ある?」
「息子の恋バナとか、普通は聞いてみたいだろ!」
「はぁ?」
「どんな子なんだ?」
ぐいぐいと体を乗り出して、こちらを見る父さんの顔は、初めて見る表情で。いつもよりウキウキしてるのが伝わって、ちょっとムカついた。俺はマリンと連絡が取れなくなって、こんなにモヤモヤしてるのに。