「本当に、俺なんだ。湊音っていうの」

 マリンの息を飲む音が、耳に響く。悲鳴にも似た声だった。

「湊音なの?」

 ぐすっと鼻を啜る音と、涙を拭う動きが視界の端に映る。マリンの方を見れば、マリンは俺の横顔をじいっと見つめていたらしい。そして、涙を指でもう一度弾いた。

「湊音は、私のこと、わからないの?」

 予想外の言葉に、息が詰まる。私のこと、わからない?
 マリンと、湊音に接点があったのだろうか。

 考えてみても、思いつかない。マリンという名前は、本名じゃないと言っていた。違う名前?
 いやでもそれだったら、わからないの意味が通らない。

 頭の中で、湊音の知り合いを辿っても、マリンを探し出せない。ただ、無意に時間が過ぎていって、マリンは絶望したような顔で「そっか」と呟く。

「ソウくんが、湊音で、ソウくんは、私のことわからなくて、そっか……マリンって言っても、わかってなかったもんね」

 首をブンブンと横に振って、唇を歪める。

「変なこと言って、ごめんね」

 何に対しての謝罪かは、わからない。むしろ、謝らなくちゃいけないのは、俺の方だったのに。