お互いの好きなところを何個も書き出して、ただ、恥ずかしい思いをしただけだった撮影も終わる。ビジネスカップルだとわかってるのに、関係を錯覚しそうになった。

 マリンも恥ずかしいのか、俺と一切目を合わせない。その後の問題は、至って普通の問題ばかりだったのに、俺たちはドギマギして噛み合わなかった。使える動画になってるかは、不安だったけど、マリンへの気持ちを再確認できた良い機会だった気がする。

 時間終了のアラームで、二人で和室を出る。相変わらずマリンは、無言のままだった。

「何か食べる? お腹空いてない?」
「大丈夫」
「パフェとか、カフェとか!」

 まだ、別れたくなくて必死に提案すれば、マリンは少しだけフッと笑って唇を緩めた。

「ソウ?」

 聞き覚えのある声が後ろから、聞こえる。振り向かなくても、わかった。クラスメイトのミツルだ。

 俺に何だかんだと構ってくる心配性の友人。マリンといるところを見られたくなくて、マリンを背中に隠して振り返る。

「よう、ミツル」
「隠さなくていいよ、動画見てるから」
「へ?」

 驚いた声は、掠れて、やけに響く。人通りの多い街中なのに、通行人全員に届いてしまった気がした。生ぬるい風が、俺たちの間をビュウウウと音を立てて通り抜ける。

 ミツルは俺の近くまで寄って、小声で答えた。

「ハーバーマリンチャンネル。見てるから」

 知り合いに見られてるとは思っていなくて、恥ずかしさから力が抜けていく。腰が抜けそうになったが、なんとか踏ん張る。

「ソウってこうクールなイメージだったけど、可愛いと思ったよ。俺は応援してる」

 背中をトントンと叩いて、微笑む。答え方がわからないでいれば、マリンが俺の後ろから出てミツルと握手を始めた。

「初めましてー! マリンです」
「ソウの友人のミツルです。こいつ、結構悩みやすいんで、って彼女さんに言ってもか。嬉しいです。一緒に色々やってくれる彼女さんで」

 ミツルもマリンもニコニコと、手を握りしめたまま話している。むかっとしたから二人の手を引っ張って、離した。

「ってか見てるなら言ってくれればよかっただろ」

 文句を垂れれば、ミツルは俺の肩をガシッと掴む。そして、揺さぶりながら、怒ったように口を尖らせた。

「おーまーえーが、返信しねーからだろ!」
「は?」
「さては、見てないな?」

 ミツルの言葉に、スマホをズボンのポケットから取り出してメッセージを開く。特にミツルから、届いた形跡はない。

「あー、もういい、もういい。お前、忘れてんな」

 俺のスマホを奪い取って、ミツルが勝手に操作する。奪い返そうと手を伸ばせば、スマホを押しつけられた。開かれたのは、しばらく使っていなかったSMSだ。

「メッセージアプリログインできなくなったから、こっちでメッセージくれって、夏休み入る前に言っただろ」

 薄らぼんやりと、思い返してみる。ちょうど、湊音が炎上した頃で、学校にも通ってるものの何も頭に入っていなかった時期だ。

「ほら、全部読んでない。俺の心配を無視しやがって」

 そう言いながら、俺の背中をバシバシと叩く。ジンジンとする背中が、温かい。今見たメッセージには、俺を心配する言葉が何通も何通も連なっていた。

「悪い……」

 最後の方には、『チャンネル見てるけど、他の奴らには言いふらさないから。がんばれよ』という応援の言葉もある。一つだけ『ダンス下手で可愛いなw』というメッセージは、いただけないが。

「ありがと」

 自分のことをここまで心配してくれる友人がいた事に、胸が熱くなる。目頭まで熱くなりそうで、空を見上げた。オレンジに染まりかけの青空は、目に染みて、ますます目が熱くなる。

「マリンちゃんも、こいつのことよろしくお願いします」
「お前は、父さんか!」

 俺たちのやりとりを黙って見ていたマリンは、お腹を抱えて「ふふふ、あははは」と笑い出す。

「親友がいるなら教えてよ、もう! こちらこそ、遠距離なのでなかなか会えない時もあるので、ソウくんのことよろしくお願いします」

 マリンは笑って出た涙を、指で拭い取ってから、ミツルにもう一度手を差し出した。二人して俺を置いてけぼりにして、熱い握手を交わしている。

 親友という言葉に、恥ずかしさと困惑が生まれた。どこかに頻繁に、一緒に出かけるわけでもない。アンチに悩んだことを相談する相手でもない。

 それでも、ミツルは……マリンから見たら俺の親友のように見えるのか。ミツルも否定せずに、うんうん頷いているし。

「ってことで、今度詳しく聞かせろよ、出会いとかな! じゃあお邪魔せず帰ります。マリンちゃんも、また会えたら」
「はい、ソウくんの学校でのこととか、今度教えてください」

 そそくさと立ち去っていく、ミツルの背中を見送る。いい奴だなという感想は、直接は伝えないけど。ありがたい友人には変わりない。

「いい友だちだね」
「そうか?」
「心配してそれだけメッセージくれるって、いい友だちだよ」

 俺のスマホを指さして、マリンはくすくすと笑う。それでも、羨ましそうな瞳は、少し伏せられていた。

「って言っても、私たちももう解散の時間なんだけどね」

 マリンが腕時計を見て、俺に見せつける。特に、別れる時間は決めていなかったけど、マリンも疲れてるだろうから頷く。

 バイバイと手を振って、お互いの帰路を進む。まだもう少し一緒に居たかったという気持ちは、飲み込んで。