『あいつらみんな、湊音のことわかってない! 消えて欲しい』
『湊音は私だけいればいいよね?』
『どうして返事くれないの? 弄んだの?』
『もういいよ、暴露するから。湊音がやったこと』

 何一つ俺が相手をしない内に、彼女の中ではストーリーが出来上がっていたらしい。
 気づけば、俺は彼女を弄んだ最低の男に成り下がっていた。

 焦りと、動悸で、息が詰まる。
 マリンの反応を窺えば、プシュウっと音を立ててパインサイダーを開けていた。
 気づいてるのか、気づいていないのか。
 聞いてしまえば、すぐにわかる。
 それなのに、俺は確認する勇気がない。

 ごくごくと、サイダーを飲み干すマリンの喉だけを見つめていた。
 はぁっと息を吐き出して、顔を上げる。
 潮風が、マリンの髪の毛を掬い取って、靡かせた。

「湊音さんって、いい声だよねぇ」

 純粋に褒めるマリンの声は、どちらなのか俺にはわからない。
 そうだよね、と言うのも憚られる。
 黙り込んだままなのも、変で俺もパインサイダーの蓋を開けた。

 プシュッという音と、波のザプンっという音だけが二人の間を流れていく。

「聞いたことある? もう、動画ないんだけどさ……」

 あるに決まってるよ。
 だって、俺なんだから。
 その湊音は、俺なんだから……

 でも、そんなことは言えないから、飲んでいたペットボトルから口を離して「うん」と小さく答えた。
 変か?
 いつもの俺らしくなくて、バレてしまうか?

 焦る俺の気持ちとは、裏腹にマリンは、懐かしそうにコメントを見つめる。
 マリンも、俺の歌を聞いていてくれたのか。
 その事実にやっと気づいて、体の中心から熱がカァアッと上がっていく。
 いい声だと言ってくれたこと、聞いてくれていたこと、その事実がただ、ただ、嬉しい。

「すごい優しい声で歌ってくれる人で、私好きだったんだぁ」
「そうなんだ、意外。歌ってみたとか聞くんだ」
「カップルチャンネルやりたいって言ったけど、本当は歌ってみたとかやってみたかったんだよねぇ」

 マリンの言葉に、唾を飲み込む。
 それだけは、俺は頷けない。
 普通に話してるだけでも、湊音だと疑われてるのに。
 歌うわけには、いかない。

「俺は音痴だから無理だよ」
「カラオケでも歌わないくらいだもんね。でも、ソウくんの歌も聞いてみたかったなぁ」
「いつか、な」

 マリンにだったら、聞かせたい。
 それでも、マリンが聞いたらきっと、俺が湊音だってバレてしまう。
 そんな自意識過剰が、邪魔をする。

「似てると言われれば、似てる、かなぁ……人間を大まかに分類すれば、同じような声かもね」

 コメントの『湊音に似てる』というコメントへの返事だろう。
 マリンが微かに呟くから、隣でわざとらしく笑ってみせる。

「そんな分類したら、結構大勢の人間が似てるだろ。ってか、歌声と話し声って結構違うと思うけどな」

 平常心を保って、バレないように、言葉にすれば、マリンは「そうだよねぇ!」とうなずく。
 よかった。
 気づいてない。
 安堵しながら、もう一度サイダーを口にする。

 胃の奥まで、パチパチと炭酸が弾けて痛かった。