夏の海に泡となって消えた君へ歌い続ける

「ソウくんこそ、練習必要だと思うんだけどなぁ」

 俺の視線に気づいたマリンは、手をぱっぱっと振る踊りを続けながら、つぶやいた。
 パソコンを閉じて、カバンにしまい込む。
 そして、踏まれないように端の方に置いてから、砂浜を駆け出した。

 砂浜に足を取られながら、マリンの横までたどり着く。
 マリンはキラキラと汗を輝かせている。

 隣で、フリを思い出しながら体を動かす。
 自然と覚えていて、体が勝手にマリンに合わせられる。

「そうそう、結構いい感じになってきたよね! タコのダンスって感じ」

 褒めてるんだか、貶してるんだからわからない言葉を聞きながら、生ぬるい風を全身で受けた。
 夕方の海と言っても、どちらかといえば夜に近い。
 砂浜は昼の温かい陽射しん吸い込んで、まだ、熱い。
 空気は、少しずつ、冷えてきているのにだ。

「よし、撮るぞー!」

 設置したカメラの方を見れば、急に緊張してきた。
 ダンスを動画に撮って公開するのは、初めてだ。
 それに、撮影中にマリンの方ばかり見るわけにもいかない。

 音楽も、広い海と砂浜に吸い込まれて微かにしか聞こえない。
 ただ、隣のマリンがリズムを取りながら歌ってくれる。

「よし、ソウくん、準備はいい?」
「おう」

 全く良くない。
 心臓は、バクバクと速い脈を打ってるし、手は微かに震えていた。
 それでも、今更待って、とは言えない。

 頬をペチペチと軽く叩いてから、まっすぐスマホを見つめる。
 マリンがスマホの録画ボタンを押して、慌てて戻ってきた。

 そして、音楽が遠くで鳴り始める。

 リズムを取りながら、マリンと息を合わせて踊る。
 途中で見つめ合うシーンで、マリンと目があって息が止まった。
 キラキラと楽しそうな表情で、踊るマリンにつられて、俺まで、口元を緩めてしまう。
 
 砂浜では足が取られて、練習のようにはいかなかった。
 それでも、見れるレベルには踊れたと思う。

 二人で、階段に座って今撮影したばかりの動画を確認する。
 マリンが小声で歌を、口ずさんでいた。

「いい感じじゃない?」
「俺は変わらず下手くそだけど、ちゃんとフリはできてるよな?」

 不安になって、マリンに問い掛ければ、大きく頷いてくれる。
 ふうっと胸を撫で下ろせば、喉がカラカラに乾いていた。

「飲み物買ってくる」
「じゃあ、私は、パインサイダー!」
「おう」

 動画を確認してるマリンを置いて、一人で自販機まで歩く。
 海辺はまだらに、人が歩いていた。
 記念撮影をするカップル。
 子どもと手を繋いで歩いている夫婦。
 俺たちも側から見たら、ちゃんと、恋人に見えるんだろうか。

 嬉しさと、よくわからない気持ちを噛み締めながら、自販機にたどり着いた。
 マリンが言っていたパインサイダーと、自分用に悩んだが、同じものを買う。
 喉に良くないかもと、歌ってる時にはサイダーを避けていた。

 弾ける炭酸の感覚が、喉に刺激になるかも、と。
 プロでもないのに、笑われそうだけど、それくらい本気だった。

 昔の感覚を思い出して、じわじわと歌いたい気持ちが湧き上がる。
 カラオケへ、久しぶりに行きたい気分だ。
 ふんふんっと鼻歌を歌いながら戻れば、マリンはパソコンの画面に顔を近づけてじっくりと見てる。