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 自己紹介動画を撮った会館の和室に、また来ている。マリンはいつものように、好きな歌をスマホで掛けて踊りながら歌う。マイクを構えたフリをして、踊りを真似する姿は、アイドルでもおかしくない。それくらい、可愛い。

 俺は、一人そわそわと、持ってきたジンジャエールに口をつけた。しゅわしゅわと口の中で、炭酸が弾けていく。ふぅっと深い深呼吸をしていれば、歌い終わったマリンが隣に座る。

「本当にいいの?」
「なにが?」
「顔」
「誠意見せるためだろ」

 顔は隠してなら、いいと言う約束を反故にした。マリンのまっすぐな思いを、応援したい。少しでも、視聴者に誠意が伝わって、このチャンネルが多くの人に届くようになるなら……俺のことなんて、どうでもいい。

 だから、今日の動画から、顔を出す。そう決めたのに、心が落ち着かない。ジンジャエールをごくごくと、一気飲みして、顔をあげる。覚悟は決めてきた、はずだった。

 それなのに、俺の足は落ち着きなく震えている。体は強張って、ガチガチに肩が固まっていた。

「やめとく……?」

 俺の様子を見ていたマリンは、気まずそうに顔を覗き込む。慌てて首を横に振った。

「大丈夫、撮ろう」

 俺の言葉に安心したようにマリンは、目の前に、三脚で立てたスマホを操作する。クラゲのお面を付けて、撮影開始をじっと待つ。マリンが隣に座って、同じようにクラゲのお面を付けた。

 すぅっと大きく息を吸った後、マリンが説明を始めた。

「ハーバーマリンチャンネルを、いつもご覧いただきありがとうございます」

 二人同時に、ぺこりとお辞儀をしてから顔を上げる。事実説明を淡々と、まっすぐマリンが続けていく。俺の心臓は狂ったように、バクバクと鼓動を早めていた。

「誤解を生むような動画を上げてしまったこと、事実とは異なりますが、謝罪をさせていただきます」

 その言葉で俺もマリンも、クラゲのお面を外す。肌に触れる空気の感覚に、じわりと背中が汗で濡れていった。

「申し訳ありませんでした」

 二人で頭を目一杯下げて、謝罪をする。そんなつもりはなかった、それでも、炎上させてしまったこと。それだけは、謝る。

 今でも、俺たちが悪かったとは、思っていない。でも、誤解をさせないようなやり方はあった。数本に分かれたとしても全てを食べきった動画をあげればよかったし、もっと少ない量でやるでもよかった。それを選ばなかったのは、俺らの落ち度だ。

 もう一度、頭を下げて「申し訳ありませんでした」と言葉にする。

 マリンは小声で「よし!」と呟いて、スマホを操作して録画を止めた。ぐーっと背伸びをした瞬間、お腹が見えかけて、クラゲのお面を付ける。ただ目を逸らせば良かった、だけなのはわかってた。でも、赤くなってしまった顔を見られたくない。

「クラゲのお面、そんなにお気に入りなのー?」

 にししっと笑いながら、隣の席に戻ってきたマリン。俺はプイッと顔を背けて、「そうかもな」と曖昧に言葉にした。

「嬉しいよ、そう言ってもらえて」
「やっぱマリンの手作りなの?」
「それ以外に、なんだと思ったの?」

 厚紙に、ラミネート加工されているとはいえ、イラストがあまりにも上手かった。プロかと思うほどに。

 マリンは座ったまま、片膝を立てて俺に近づく。違う意味でまた、心臓がおかしくなる。

「ちけーよ」
「えー今まで、そんなこと言わなかったじゃん」

 パチンという音がして、無理矢理にお面が取られる。真っ赤な顔は、まだ落ち着いてないだろう。瞳と瞳がぶつかって、マリンも照れたように顔を赤く染めた。

「私の方も照れるじゃん、そんな反応されたら……!」

 淡い期待が胸に揺れて、消し去った。マリンの好きな人は、俺じゃない別の人。入り込む隙間は、ない。

 自分に言い聞かせていないと、勘違いしてしまいそうだ。マリンは、スッと俺から距離を取って、また選曲をしている。

「ソウくんも、なんか歌ってよー」
「いやぁ……俺はいいよ」
「なんで! 聞きたーい!」

 マイクみたいに手を向けられて、胃の奥から何かが競り上がってくる。手を押し退けて、顔を背けた。

「ごめん、そんな嫌がると思わなくて」