マリンは、パッと顔を上げて、星空を見上げる。まるで、愛しいものを見つめるような優しい表情になっていた。
 
「そのあとは、私が話さなければ深く聞かないで、普通の雑談みたいなやりとりを続けてくれたの」
「無理に聞き出さず、マリン自身の気持ちを尊重してくれたってことか」

 俺だったら、できるだろうか。俺も、星空を見上げる。チラチラと星が瞬きをして、存在をアピールしていた。

 何も言えないと思って、ただ、普通に接することもあったかもしれない。
 
「そう。深追いもしないで、ただ普通の態度で居てくれた」

 嬉しそうにはにかみながら、思い返しながらマリンはゆっくりと口にする。指折り数えるように。

「歌とか、イラストとか。その時の私の気持ちを楽にしてくれるようなのを、ちょっとずつSNSに投稿してくれて」

 ふぅっと息を細く吐き出して、膝に頬を乗せた。そして、遠くの方にその人を思い浮かべながら、優しい声色で呟く。

「気遣ってくれてるのが、わかったんだよね」

 遠回しな気遣いに、救われたってことか。直接、救いの手を差し伸べるだけが、優しさじゃない。
 
 相手も、マリンも、お互いのことが唯一無二の存在だったんだと思う。想像してみて、悔しくて唇を噛み締める。

 入り込む隙間、一ミリもねーじゃん。

「その人が楽しそうに嬉しそうにしてるだけで、私も元気をもらえたんだ。だから、落ち込んでるその人には、元気な私の姿を届けたいんだよね。名前で気づいてくれないかなぁって淡い期待を込めて」

 マリンという名前は、そう珍しくもない気がする。見かけることは多々あったし。
 
「マリン……?」
「本名じゃないの、マリンって」

 マリンの告白に、ちょっとだけびっくりした。あまりにも名前が馴染んでいるから、本名だと思い込んでいた。

「そうだったんだ」
「まぁ、マリンって名前もたくさんいるから、気づいてくれるかは賭けだけどね」

 にししといつもの、笑顔を見せるマリンに、胸が掴まれた。呼吸がうまくできず、ヒューっと喉が微かに鳴る。恋か、どうかは、答えられないけど、俺の中でマリンはもう特別な人になっていた。

 ふと、一番最初に会った時の話を思い出す。
 
「その人は、鶴岡の人なの?」
「気持ち悪い、ことを言うけど、引かない?」
「引かねーよ」

 引かないと言ったのに、マリンは言いづらそうに口をもごもごさせる。黙ってマリンの言葉を待てば、膝を抱えてうずくまり始めた。

「……の!」
「な、なに?」

 掠れた声で、語尾しか聞き取れない。聞き返せば、マリンは目だけこちらに向けて、じいっと俺を見上げる。

「投稿してた写真に映ってたの」
「鶴岡のものが?」
「由良海岸」

 あー、っと頷きたくなる。俺も学校が半休の時に、行ったことがあるな。赤い橋が特徴的だから、一目見れば確かにわかってしまう。

「でも、旅行とかだったかもしれねーじゃん」
「それはない! 学校が半休だからって書いてたから」

 鶴岡の男子学生、あるあるなのかもしれない。まぁ、暇を持て余したらここら辺の人間は、海に行こうぜってなるから。それだけで、相手が誰かを探るのは難しい。

「気持ち悪いでしょ。まるでストーカーみたい。心配して勝手に地元にまで来て……」

 恥ずかしそうにどんどん、声は小さくなっていく。そして、顔を膝に完全に埋めて、マリンは黙り込んでしまった。

「俺だったら、嬉しいよ!」

 心の底から、本当にそう思う。そこまで一途に、マリンから思われることが羨ましい。一方的な押し付けじゃなく、思いから会いに来てくれることが。
 俺だったら、多分、嬉しい。それに、ストーカーというのは……もっと、ジメジメと、心を締め付けてくるものだ。

 一方的に勘違いを起こして、炎上させるようなことをした俺のストーカーと。自分自身をストーカーみたいだ、と恥ずかしがるマリンを比べてしまう。マリンは押し付けたくないけど、心配でここまで会いに来た。

 そんなストーカーなら、大歓迎だろ。