「勘違いさせたのは、すみませんでしたって。ちゃんと食べてます。証拠はこれだけど、見た人たちが新しく買ったものがどうかはわからないから、素直に勘違いさせ誠に関して謝罪しますって伝えようかなって」
マリンなりに、しっかりと考えていたらしい。俺はただ焦って、どうしようどうしようと海を見ていただけの間に。マリンの大人な対応に、ため息が出た。
「どうして、そんな割り切れるんだよ」
俺は、割り切れなかった。悪くないのに、勝手に勘違いしたネットストーカーに燃やされて、腹が立った。俺の大事な居場所を奪いやがってと、怒鳴りつけたかった。
でも、それをしたところで、炎上した事実は変わらない。それに、離れていった人たちは帰ってこないだろう。だから、諦めて、耐えて、耐えきれなくなって、逃げ出した。
「えー、だって、多くの人に見てもらうのは、一人に見てもらうためだもん」
マリンがザプンっと海に、潜り込む。マリンが探しに来た好きな人。その存在の大きさに、心臓がぎゅうっと締め付けられた。
「人魚になっちゃう前に、見つけて欲しいんだ」
人魚になっちゃう。今までとは違う言い方が、トゲみたいに心に引っかかる。最初は人魚だって言い張ってたくせに、今は、なっちゃう。
なっちゃう……?
それでも、そのことよりもその人へ想いを寄せる理由の方が気になってしまった。その人に見てもらうためなら、事実と異なる謝罪も厭わない。
夏とは言え、ずっと海に浸かっていれば体がふやけて冷えてくる。ブルっと上半身を震わせれば、潜っていたマリンは浮き上がってきて俺の手を取った。
「寒くなってきたね、上がろっ!」
マリンの唇も、うっすら紫色になってきてる気がする。外が暗いせいで、よくは見えていない。
階段まで泳いで辿り着き、腹這いで海から出る。濡れた体に、風が吹きつけて、ますます寒く感じた。
マリンに渡されたタオルで体を拭き取れば、幾分かマシになった。足のヒレを取り去って、階段を登っていく。防波堤の端に二人で、足を投げ出して座る。
マリンも隣に座り込んで、ブランケットを羽織った。そして、寒そうにしてる俺に気づいて、半分貸してくれる。
「マリンは、どうしてその人を好きになったんだ?」
答えを知りたい気持ちと、知りたくない気持ちが胸の中で揺れ動く。マリンの好きな人の話なんて、聞きたくない。それでも、そこまでの想いを寄せられる理由は知りたかった。
「えー、おもしろくないよ」
「面白いも、面白くないも、関係なく知りたい」
素直に口にすれば、マリンは「うーん」と小さく唸る。そして、星空を見上げて、ポツポツと語り出した。
「声がコンプレックスって、言ったでしょう?」
「言ってたな」
俺は鈴の鳴るような可愛い声だと、思っていたけど。でも、ボイスチェンジャーでわざわざ編集してるくらいのコンプレックスなことも、知ってる。
「学校で、いじめられてたんだよね、私」
「えっ」
明るくてニコニコと笑うマリンからは想像がつかない言葉に、つい驚いてしまった。マリンは俺の方を向いて、あははっと乾いた声で笑う。痛々しい瞳には、傷ついた感情が浮かんでいた。
「ぶりっこしてる、とか、男好き、とか、言われて嫌われてたんだよね、クラスメイトたちに」
声だけじゃなく、マリンの人を惹きつける魅力もある気がした。でも、それを言うのは、今は意味がない。だから、黙ったまま、相槌をうつ。
「そんな時に男のフリをして、ネットで活動を始めたんだよね。女として見られることが嫌になって」
しゅんっと眉毛を下げたマリンが、手をぐーぱーぐーぱー握りしめる。思い出したくない記憶かもしれない。それでも、マリンの話が聞きかった。
「それは……」
「女だから、男に媚び売ってるとか。男好きだから、声作ってるとか、色々言われるの、しんどくてさ。女じゃなくなりたいって思っちゃったの。でもまぁ、好きな人は男だし、女の自分も好きなんだけど。人間になりたかったんだ、本当は」
人間になりたかった。少しだけ、気持ちがわかる。男だから、ファンの女の子を弄んだと思われたし、これだから男は、とも何度も言われた。
人間として見てくれればいいのに、そう願っていた。好きな人は……その当時は居なかったし、恋としてファンの子を見てることはなかった。そういう煩わしさもあったから、わざと歌以外ほとんど何もしていなかった。
それでも、周りの勝手な想像で炎上してしまったけど。
「で、その人は私に何も言うでもなく寄り添ってくれたんだよね。辛いことをポロッとこぼしちゃったの。そしたら、大丈夫?って一言優しく聞いてくれた」
大丈夫? の一言に、救われることもある。俺自身が、その事を身をもって体験してた。だから、マリンの気持ちが痛いほどわかる。そして、大丈夫? に詳しく答えたくない気持ちも。