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 ファンを作るために「最初はやっぱり毎日投稿だよね!」と、あれから毎日動画を撮り続けている。毎日投稿どころか、一日に二、三回の投稿もあった。初めてから三日位の間は、マリン曰くがんばりどころらしい。それでも、投稿を続けているうちに、徐々に登録者数や、視聴回数が増えてきた。

 カップルチャンネルの需要は、思ったよりもあるみたいだ。今日は会館を借りて自己紹介を撮りにきた。
 和室は、二人で使うには広い。十二人くらいは入れそうだった。でも、温泉旅館みたいな部屋で、渋い。

 撮影をするためだけ、だから別にどうでもいいのだけど。机の上のコップを避けてから、マリンは俺の前にパソコンを置いた。

「はい、開いておいた」
「おう、ありがと」
 
 チャンネルの視聴数やコメントを確認するためにパソコンを操作し始める。マリンはスマホを開いて楽しそうに流行りの歌を、隣で口ずさんだ。

 耳を澄ませながら、確認していく。順調に、増えているようだ。細かく見ているうちに、一曲終わったらしい。

「ね、ちゃんと増えてるでしょ! ここで、自己紹介をして、もっとカップルっぽいのも増やして〜」

 今投稿してるものは、最初のカニ釣り、海の散策、海鮮丼を食べてるところ。もしかしたら、カップルチャンネルに需要があるんじゃなくて、マリンの感性を面白いと思って見てくれてるのかもしれない。貰えるコメントは、マリンのちょっと変わったテロップを褒めるものばかりだったから。

 海鮮丼の動画では、「幸せの詰め放題だー!」と喜んだ声で読み上げていた。次の海の散策では、「微睡の中を散歩してるみたいで、穏やかな時間でした」とテロップが入った。
 
 そんなちょっと独特な表現が、刺さったのか。そう思えば、納得できる。俺だってマリンのそんな感性が、いいなと正直思っているくらいだし。

 カップルチャンネルという名前の割には、投稿してるのは普通の動画ばかりだった。俺が乗り気じゃなかったのと、顔を出していないのも、あるけど。申し訳ない気持ちが、少しだけ湧き上がってきた。

 違う、俺、これ付き合わされてるんだった!

「でね、お面作ってきた!」

 カバンをガサゴソ漁り出したかと思えば、何かを取り出す。マリンが差し出したのは、手作りのクラゲのお面だった。手渡されて受け取れば、思ったよりも頑丈そうだ。厚紙に、ラミネート加工までされている。

「私が水色で、ソウくんは青ね」

 裏には輪ゴムが連なっていて、頭にすぽりと被せられるタイプだった。付けてみれば目の部分は、微かに開いてるだけで視界は狭い。

「二人とも顔出さねーのかよ!」
「当たり前じゃん! 私だけ、顔を出すと思った?」

 薄い視界でマリンの方を見れば、ちゃんとお面を付けてる。表情が見えなくて不安になるが、撮影の時だけだ。そもそも……こんな誰でも持って方なお面を付けてたら、見た人にはすぐバレるだろ。そう思ったけど、ツッコんでも仕方ない気がしてやめる。

「よし、じゃあ、自己紹介撮ろ!」

 パチンという音がして、マリンがお面を外す。そして、スマホを三脚に固定し始めた。いざ、スマホを意識すると、心臓が少しだけ速く脈打つ。
 
 思ったよりも、緊張してるみたいだ。手を握ったり開いたりして、体を緩ませる。それでも、肩が強張っていた。
 
 お面を一度外して持ってきた炭酸飲料を、飲み込む。ごくりと喉の奥に落ちていくシュワシュワの刺激に耐えながら、ふぅっと深い呼吸をした。

「大丈夫? やっぱやめる?」

 心配そうな表情で、スマホをセットし終わったマリンが俺の横に座る。マリンとの日々が楽しすぎて、やめるという選択はしたくなかった。家に居たって、姉に存在を非難されるだけだ。

 うるさい、邪魔、いなくなって。姉に投げかけられた言葉を思い出すと、胃の奥がムカムカとした。
 
 だったら、このまま、マリンと遊んでいたい。マリンといると、心が和む。

「大丈夫!」

 わざと大きな声を出して、自分にも言い聞かせる。そして、クラゲのお面を付けて、スマホを見据えた。

「よし、じゃあ、撮るよ!」

 マリンがスマホの録画を押しに立つ。そして、また隣に戻ってきてすぐさまクラゲのお面を付けた。

「どーも! マリンです」
「ソウです」

 本名でやることにしたのは、少しでも湊音を想像したくなかった。それに、誰かに気づかれたら、マリンが傷つくことになってしまう。

 女性関係――事実無根だけど――で炎上したのに、カップルチャンネルを始めるなんて。ますます炎上に、油を注ぐだけだろう。そもそも、俺の歌ってみた動画を見ていた人たちが、見るとは思ってもないけど。

「海のミナトチャンネルです! ってことでね、今更だけど自己紹介をして行きたいと思います」

 マリンの声は、いつもよりハキハキと聞こえた。隣で、俺も声を被せる。

「まずは、私たちの紹介なんですけど……」

 話す内容は、事前に決めていた。俺たちは遠距離恋愛中で、マリンが俺の街に会いにきた。そして、夏休み期間だけ、カップルとしてチャンネルを運営していく。という設定だ。

 あくまで、設定だ。