カップルチャンネルで、そもそもカニ釣りに行く人なんて居るんだろうか? ある意味、新しい……のか? よくわからなくなってきた。

 最後にはお決まりの「チャンネル登録」と「いいね」をお願いする声が入っていた。マリンの声、だろうか。ボイスチェンジャーで変えられたような、微かな違和感がある。

 録音した声は、話してる声と違うように聞こえることはあるけど。やけに、甲高い声に聞こえた。

「見終わったー?」

 濡れた髪の毛を両手で絞りながら、マリンが上がってくる。肩には、大きなバスタオルを掛けていた。今日は、本当に準備万端だな。

「見終わった。マリンの声って」
「あー、やっぱり、わかった?」
「ボイチェンか?」
「うん、やっぱ、ちょっと恥ずかしくて」

 マリンは以前自分の声が、コンプレックスだと言っていた。俺は可愛らしい声だと思うが、何か昔あったのだろうか。聞いていいことなのか、わからずに、答えきれずにいた。

「ダメ、かな」
「いや、知らない人が聞いたら普通に聞こえると思う」
「よかった! どんな動画でも声は別に撮らなきゃ行けなくなるから、不便は不便だけどね」

 バスタオルで全身を拭きながら、俺の隣に立つ。冷たい雫が、数滴に頬に掛かって目を細めた。

「よし、じゃあ投稿しちゃおう!」

 両手をより丁寧に、タオルで拭いてからパソコンに指を滑らせる。こんな真夜中に上げるのかと、見れば予約投稿画面を開いていた。
 時間設定は、明日の朝十時。マリンのことだから、考えがあるんだろう。ここまで手際よく準備していたくらいだし。
 
「それより」
「んー?」

 隣でマリンにカップルチャンネルの件を聞こうとすれば、横顔に目が釘付けになった。拭ききれなかった水滴が、頬をつうーっと伝っている。

「なーにー?」

 黙り込んだ俺の方を向き直して、マリンはにこりと笑う。気まずくなって、俺の方が目を逸らしてしまった。

「カップルチャンネル」

 小声でなんとか答えれば、マリンの「あっ!」が夜中なのに響き渡った。しーっと人差し指を立てれば、マリンは慌てて両手で口を押さえる。

「最初はそのつもりだったから! 間違えた!」
「最初はって、いつから一緒にやるつもりだったんだよ」
「え、初めて会った時!」

 当たり前のような声で、丸い目で俺を見つめる。初対面の人間と、カップルチャンネルをやろうと思う……か? 正気じゃねーな。

 マリンに、普通を押し付けるのも間違ってる気がする。人魚を騙るような人間だ。そもそも、正気を求める方が間違ってる。

「やっぱ、カップルチャンネルじゃダメ?」
「どうして、そんなこだわるわけ?」
「えー、花の女子高生はみんな憧れてるよ!」

 その憧れは、恋人同士でやる、普通カップルチャンネルに対するもんなんだよ。改めて口にする気も失せて、ふっと鼻で笑う。俺の行動に、マリンはむぅっと頬を膨らませた。

「もう、カップルチャンネルにしちゃうもんね!」

 そう言いながら、予約投稿を完了させる。もう後戻りは、できない。

「今からは変えられませーん!」

 パソコンをパタンと閉じて、カバンにしまい始める。そして、俺の抗議は聞かないと、耳を両手で塞いだ。そこまでイヤなわけでもないけど、大人しく引き下がるのは癪だった。だから、タオルを奪い取って、マリンの髪の毛をガシガシと拭く。

「なになに、優しく拭いてよ!」

 痛いまではいかないものの、強めに拭けば大人しく座ったままマリンは俺を見上げた
 ふんっと笑って、答えないまま拭き続ける。