マリンはいつだって、全力で、少し心配になるくらいだ。夜中の防波堤に、あぐらをかいて座り込む。
隣に座り込んだマリンは、レジャーシートを持ってきていたらしい。今日は半袖一枚ではなく、俺のウィンドブレーカーも羽織ってるから寒さ対策もバッチリみたいだ。そんな準備万端なマリンの横から、パソコンを覗き込む。
夜の海は静かにざぶん、っと岩に、波を打ちつける。静かな空間に、マリンの声は反響していく。
「で、これがチャンネルロゴね」
マリンが操作をしたかと思えば、少しだけ俺の方にパソコンをズラす。目に入ったのは「ハーバーマリン」と書かれたロゴだった。
波が撥ねているイラストで、彩られている。可愛らしい上に、完成度の高さに目を見開いた。
「すげぇな」
プロが作ったのか、と思うくらいのクオリティ。素直に出た言葉にマリンは、ふふんっと嬉しそうに胸を張った。
「で、チャンネルも作ったからもう投稿もできます! ってことで、一回目はカニ釣りのやつを載せようかなって」
「え? は?」
マリンの言葉に、ポカーンとする。俺がマリンを捕まえた、あの海での動画だろう。確かにマリンは、スマホを構えて撮影していた。
していたけど……
あの時は、俺はまだ一緒にやるとは決めていなかった。マリンは言いたことがわかったのか、そっと海に目線を流す。気まずそうな横顔が、目に焼き付いた。
「俺の顔は映ってない、よな?」
「その約束は、守るよ! もちろん!」
「そう……ならいいけど」
パソコンを横から操作していれば、投稿予定欄に動画を一つ見つけた。俺に確認を取る前に、すでに予約していたようだ。
じろりとマリンの方を見れば、両手を合わせて「ごめん!」と声にした。
「まさか、気にすると思ってなかったから。顔は本当に映ってない」
「いいよいいよ、あん時邪魔したのは俺だし」
「確認してもらって大丈夫だから」
そのままパソコンを、俺の膝の上に押し付ける。そして、パッと立ち上がったかと思えば、ウィンドブレーカーを俺の方に投げてきた。
「私は泳いでくるね〜!」
「いやいや、また泳ぐのかよ」
「せっかく、海にいるんだから、泳ぐでしょ」
「昼にしとけよ」
夏とはいえ、夜になると涼しいくらいだ。海に入って冷えてしまったらと思って、つい余計なことを口にする。マリンは防波堤の階段を降りながら「だいじょーぶだもーん!」と答えた。
止めてもやめないことはわかってたから、今度からは一応ブランケットとかも持ってこようと心に決める。マリンは放っておいたら風邪でも引いて、寝込みそうだし。
海を泳ぎ始めたマリンから、目をパソコンに戻す。カップルチャンネルはやらないと、はっきり言ったはずなのに。登録されてる名前は「カップルチャンネル」と、入ってる。
勝手に消そうかとも思ったけど、まぁいいか。そこまで本気で嫌なわけじゃなかった。身もふたもない事を言ってしまえば、マリンみたいに可愛い子と恋人設定は……
悪くない。
首をブンブンと振って、下心を吹き飛ばす。
動画を、ぼーっと眺める。カニを釣る俺の手元だけが、流れていく。あの時から、顔を出さなければ良いと俺が答えるとわかっていたんだろうか。
楽しそうな自分の声に、背中がむずむずとしてきた。歌っていた動画は上げていたが、自分が話してる声を聞くのは初めてだった。
話す動画を上げたくなかったわけじゃない。ただ、歌うために作ったチャンネルだったから……話すのは、違うと思っていた。
SNSの運用だって、基本的に告知だけ。あとは、ファンの人たちが書いてくれた内容を確認して、ハートボタンを押す。それしか、していなかった。
関われば、面倒なことになると思っていたから。
最初の頃は違って、普通の日常を投稿していた。海に泳ぎにきました、とか、テスト勉強追いつかない、とか、そんな至って普通の高校生の日常。
そんな中で海夢と、仲良くなったんだ。ふと、海夢のことを思い出して、SNSを確認したくなった。消してから、まだ一週間。今ログインすれば、削除申請はなかったことになる。
でも、俺を責め立てる文字列を見る勇気はない。ログインせずに見る方法は……他のアカウントを作る? そこまでして、海夢のこと気になるか。と言われれば……気になる。
日常の投稿にも、気軽にコメントをくれて、やりとりをしてきた。俺が湊音として生きてる間、ずっと寄り添ってくれた友人。何も言わずに、消えた俺を心配してくれてるだろうか。
そんな甘い思いで、見たくなってしまう。女々しい思考回路に、ため息がでそうになった。
一旦頭を切り替えて、続きを確認する。テロップが少しふざけてるようには見えたが、普通の高校生のカップルチャンネルらしい初々しい出来だ。見る人がいるかどうかは、疑問だが。