――篠沢一族の後継者争いの決着は、二日後に行われる臨時の株主総会まで持ち越されることになったそうだ。泣き止んだ絢乃さんと二人で缶コーヒー(彼女はカフェオレで、僕は微糖だった)をすすっていた時、ロビーへ戻られた加奈子さんからそう聞かされた。
絢乃さんはお母さまにも泣きながら訴えていた。「わたしだって悲しかったのに、ママが先に泣いちゃうから泣けなくなったんだ」と。
僕は彼女の言うに任せていた。親子の間で遠慮は無用、言いたいことはちゃんとおっしゃった方がお二人のためだと思ったからだ。加奈子さんは加奈子さんで、絢乃さんの泣く権利を奪ってしまったことを申し訳ないと思われていたようだった。
そのうえで、絢乃さんは涙ながらに宣言された。「わたしはありのままで、お父さまを超える篠沢のリーダーになっていくんだ」と。だから、僕とお母さまにも力を貸してほしい、と。もちろん、僕にも加奈子さんにも異存はなかった。母親と秘書という立場の違いはあれど、彼女を支えたいという気持ちは同じだったから。
「――ところでママ、話し合いはどうなったの?」
そんなことがあっての、絢乃さんのこの問いかけである。その答えとして、加奈子さんがおっしゃった結論が冒頭の一文だった。
何でも、絢乃さんが後継者として指名されたことがどうしても気に入らない親族がいて――その人は加奈子さんのいとこにあたるらしいが――、経営に関してはド素人の自分の父親を対立候補に立てたらしいのだ。
何故わざわざそんなことをしたのかといえば、その人――名前は宏司さんとおっしゃるらしい――が男尊女卑・年功序列という古臭い考え方に固執しているからで、女性の絢乃さんよりも男性で六十代後半の父親の方が会長としてふさわしいと考えたから、らしいのだが。
「……ふーん? 何考えてるんだろ、あの人」
絢乃さんはワケが分からない、という顔で首を傾げられた。そして、僕もまったく同感だった。
「今の時代、そんな考え方ナンセンスよね。というわけで、今日の話し合いは見事に決裂。あの人たちはみんな先に帰っちゃいました」
「…………なるほど」
加奈子さんもやれやれ、と呆れたように肩をすくめ、この話を締め括られた。どうりで、加奈子さんお一人でロビーまでお戻りになったわけである。座敷から駐車場までは直接出られるため、ロビーを通らずに帰ってしまったということらしい。
あの人たちに絢乃さんをこれ以上傷付けられてはたまったもんじゃなかったので、早くお帰り下さって僕もせいせいした。
絢乃さんはお母さまにも泣きながら訴えていた。「わたしだって悲しかったのに、ママが先に泣いちゃうから泣けなくなったんだ」と。
僕は彼女の言うに任せていた。親子の間で遠慮は無用、言いたいことはちゃんとおっしゃった方がお二人のためだと思ったからだ。加奈子さんは加奈子さんで、絢乃さんの泣く権利を奪ってしまったことを申し訳ないと思われていたようだった。
そのうえで、絢乃さんは涙ながらに宣言された。「わたしはありのままで、お父さまを超える篠沢のリーダーになっていくんだ」と。だから、僕とお母さまにも力を貸してほしい、と。もちろん、僕にも加奈子さんにも異存はなかった。母親と秘書という立場の違いはあれど、彼女を支えたいという気持ちは同じだったから。
「――ところでママ、話し合いはどうなったの?」
そんなことがあっての、絢乃さんのこの問いかけである。その答えとして、加奈子さんがおっしゃった結論が冒頭の一文だった。
何でも、絢乃さんが後継者として指名されたことがどうしても気に入らない親族がいて――その人は加奈子さんのいとこにあたるらしいが――、経営に関してはド素人の自分の父親を対立候補に立てたらしいのだ。
何故わざわざそんなことをしたのかといえば、その人――名前は宏司さんとおっしゃるらしい――が男尊女卑・年功序列という古臭い考え方に固執しているからで、女性の絢乃さんよりも男性で六十代後半の父親の方が会長としてふさわしいと考えたから、らしいのだが。
「……ふーん? 何考えてるんだろ、あの人」
絢乃さんはワケが分からない、という顔で首を傾げられた。そして、僕もまったく同感だった。
「今の時代、そんな考え方ナンセンスよね。というわけで、今日の話し合いは見事に決裂。あの人たちはみんな先に帰っちゃいました」
「…………なるほど」
加奈子さんもやれやれ、と呆れたように肩をすくめ、この話を締め括られた。どうりで、加奈子さんお一人でロビーまでお戻りになったわけである。座敷から駐車場までは直接出られるため、ロビーを通らずに帰ってしまったということらしい。
あの人たちに絢乃さんをこれ以上傷付けられてはたまったもんじゃなかったので、早くお帰り下さって僕もせいせいした。