――絢乃さんの元へ戻る途中、小川先輩に声をかけられた。

「桐島くん、あたしもう帰るね。あなたはどうするの?」

「俺、加奈子さんから頼まれたんですよ。絢乃さんをお宅まで送ってきてほしいって。なんで残ります。……絢乃さんもさっき目眩起こされたみたいで、ちょっと心配なんで」

「そっか。――で、そのトレーはそれと何の関係が?」

 先輩から指摘された僕はハッとした。トレーに載った二人分のスイーツとドリンク、これをどう言い訳しよう?

「これは……、えーっと。絢乃さんに召し上がってもらおうかと思って。俺もついでにご(しょう)(ばん)にあずかろうかなー、なんて。アハハ……」

「……………………ふーん。まぁいいんじゃない? 絢乃さんにダサいって思われなきゃいいけど」

「…………はい」

 先輩は白けたような視線を僕に投げてよこした後、興味を失ったようにコメントした。彼女は昔から僕がスイーツ男子だということをよく知っているので、こうして僕のことをよくいじってくるのだ。僕ももう慣れた。

「とにかく、あたしは帰るわ。絢乃さんによろしく」

「はい。お疲れさまでした」

 ――そうしてテーブルまで戻ると、絢乃さんはスマホでメッセージアプリの画面を見ながら眉をひそめていた。お父さまの様子が心配で仕方なかったのだろう。

「――お待たせしました! 絢乃さん、どうぞ」

 ケーキの皿と飲み物のグラスをテーブルに置くと、僕はお礼を言って受け取った絢乃さんから名前を訊ねられた。どうやら彼女の方も、僕に名前を訊きそびれていたことを気にされていたようだ。

「ああ、そうでしたね。申し遅れました。僕は篠沢商事総務課の社員で、桐島貢と申します。今日は課長の代理として出席させて頂いてます」

 僕はアイスコーヒーを一口飲むと、彼女に自己紹介をした。所属部署や、課長の代理だったことまで言う必要はあっただろうか? というのは頭をもたげるポイントだが。

「桐島さんっていうんだ。代理だったんだね。そんなの、イヤなら断ればよかったのに」

 心優しい絢乃さんは、その「言う必要のなかった情報」から僕のことを気遣って下さった。
 そんな彼女に、僕は事情を話した。他に引き受けてくれる人もいなかったので、課長の強引さに押し負けて引き受けざるを得なかった、と。

「桐島さん、それってパワハラって言わない?」

「そう……なりますよねぇ」

 眉をひそめて問うてきた彼女に、僕はその事実をあっさりと肯定した。

「でも結果的には、今日この代理出席を引き受けてよかったかなぁとも思ってます。こうして絢乃さんと知り合う機会にも恵まれたわけですし」

 つい調子に乗って本音がポロッとこぼれてしまった僕は、絢乃さんから不思議そうな顔で見られて我に返った。