――僕と絢乃さんが晴れて恋愛関係となった翌週、絢乃さんの学年末テストの結果が返ってきた。

「へぇ、学年トップですか……。絢乃さん、本当にスゴいですね」

 オフィスへ向かう途中なので本当は「会長」とお呼びしなければならなかったのだが、ここではあえてお名前で呼ばせて頂いた。学校の話題だったし、ここは彼氏として彼女と向き合うべきではないかと思ったのだ。

「ありがと! でも体育の実技テストがあったら、わたし間違いなく学年トップから陥落してたわ」

「…………はぁ。その点についてのコメントは差し控えさせて頂きます」 

 恥ずかしそうに暴露された彼女に、僕はそれだけ述べた。やっぱり運動神経はよろしくないようで、学校でも体育の成績だけははかばかしくなかったらしい。

「――あ、ところで桐島さん」

「何でしょうか」

「わたし、プライベートでは貴方の呼び方を変えようと思ってるんだけど。だって、プライベートでも『桐島さん』っていうのは……ちょっと違和感あって。で、どう呼んでほしいか希望ある?」 

 訊ねられた僕は、しばし考えた。……恋人からの呼ばれ方か、そんなの気にしたことなかったな。
 思えばそれまでの恋人は同い年がほとんどで、年下――それもここまで歳の離れた女性と交際したことはなかった。
 過去の恋人たち(まぁ、そりゃそれなりの人数はいるわさ)からは当たり前のように「貢」とか「桐島くん」と呼ばれていたが、絢乃さんは年下といっても立場は彼女の方が上なのだ。どう呼ばれるのがしっくりくるだろう? いくら考えても答えは浮かんでこなかった。

「…………特にこれと言っては。絢乃さんは何と呼びたいんですか?」

「じゃあ…………、『貢』で。……ダメかな?」

 まさかの呼び捨てに、僕は目を見開いた。が、不思議とイヤではなかったし、むしろしっくりきた。

「わたしもね、最初は『貢さん』って呼ぼうかと思ったの。でも、プライベートでも〝さん〟付けってなんか他人行儀だし違うなぁって。……やっぱり、呼び捨てはダメだよね? ゴメン!」

「……いえ、ダメじゃないですよ。どうぞ遠慮なく『貢』と呼んで下さい」

 しどろもどろになりながら弁解する絢乃さんがあまりにも可愛くて愛おしいて、僕はあっさりと呼び捨てを受け入れた。

「うん。ありがと、貢! ねえねえ、じゃあ貢もわたしのこと呼び捨てにしてみて?」

 ……なんと、ここへ来て無茶振りとは。でも一応挑戦してみた。

「あ……ああ絢乃、…………さん」

 見事に玉砕。ダメじゃん、俺。でも、彼女が笑ってくれたからいいか。