外を見ると風が木々を揺らしている。今日は急に寒くなってきた。本格的な秋の装いに冬が来るのも時間の問題だと思った。だけど僕は今年の冬を過ごせないかもしれない。そんなことを思うと胸がギュッと疼く。


 夜まで勉強でもしようと机に向かう。今日は自分の部屋ではなくリビングでいつものように参考書を出してノートを広げる。視界にシンイリを入れて勉強をしようと思った。


 だけど頭に浮かぶのはあすみちゃんのお腹の赤ちゃんのこと、坂崎の体調のこと。そして、そのふたりの間にぼんやりとモナの顔が浮かぶ。


 浮かぶ度に胸が高鳴って、なんだこれって思う。モナのこと好きになったって僕は死ぬんだし、死ななかったとしてもモナは人間じゃない。それは何も食べないことや全く寝ないことで証明されている。

 
 つまり、モナは死神だ。モナと僕は恋はできない。こんな気持ち消えてなくなってしまえばいいのに。絶対に交わらない平行線の世界で生きているふたりなんだから。


 またしても勉強は手につかず夕方になってしまった。


 シンイリはクッションの上で外を見ていた。しだいに目を閉じて眠りだしそうになった。


 僕はシンイリが本格的に寝息を立ててしまう前にクッションごとケージの中に戻した。


「ちょっと出かけてくるね」


 もちろん反応はない。


 支度をしてファミレスに向かう。なんだか少し緊張する。いつものメンバーで会うだけなのにいろんな感情がないまぜになり、心の変化に戸惑う。


 外に出るとやはり寒くて上着を一枚取りに戻った。


 ファミレスまでの道を歩く、おじさん大丈夫かな? なんてぼんやりと思う。これから冬が来て雪が降りあの場所で眠ることなんてできるのかな? 足は痛まないかな?


 ファミレスに着くともうふたりは着いていた。窓際の席にふたりは座っていて僕を見るなりあすみちゃんが手を挙げた。窓側の席にモナ、その隣にあすみちゃんが横並びで座っている。僕は中に入り「待ち合わせです」と店員さんに告げその場所に向かった。


「早かったね」
「うん、暇だったから」


 あすみちゃんが笑う、すると隣のモナもつられて笑う。それに僕もつられて笑い、なんだが幸せで胸がざわめく。


 僕はふたりの前に腰を下ろした。そしてチキンステーキとエビフライのセットを頼みあすみちゃんはアイスクリームを頼んだ、そして三人分のドリンクバーを頼む。


「食欲ないの?」
「うん、あんまり」
「そっか」


 僕はコーラ、あすみちゃんはミルクティー、そしてモナはメロンソーダを持ってきた。


「モナちゃんほんとに飲めないの? 触れないわけじゃないんだし飲んでみたら?」


 あすみちゃんのその言葉にモナは顔を上げた。


「そうだよ、ちょっとだけ飲んでみたら?」


 僕も続けてそう言うとモナは覚悟を決めたように強くうなずきストローに口を近づけた。


 そしてストローを口に含みスーッと息を吸い込んだ。緑色の液体がストローの中、ぐんぐん上っていく。僕たちは固唾を飲んで見守った。


 そしてそれがついにいちばん上まで到達してモナの唇を通る。モナはそれを口に含み、そしてごくんと飲み込んだ。


「おお! 飲めたじゃん! すごい」


 あすみちゃんが思わず大きな声を出したあと、自分の手で自分の口を塞ぎ周りにペコペコと頭を下げた。


 モナは少し遅れてニッコリ悪い「飲めた」と呟いた。


「どう? 美味しかった?」


 喜んでいるモナが嬉しくて僕は前のめりに聞くとモナは少し間を開けて困ったように間を開けて言った。


「えっと、なんの味もしない」

「え?」

「へへ」

 
 モナは恥ずかしそうに笑った。


「なんの味もしないってシュワっとしないの? 舌がピリピリしないの?」
「うん、なにもしない」
「そっか……」


「でも美味しい」

「え?」

「美味しい気がする」


 そう言ってまた眦を下げた。


 僕は胸が苦しくなった。モナはやっぱり人間じゃなくて、人間の楽しみを味わえない。モナは誰かに死を与えるためだけにやってきていて、優しいモナは苦しんでいる。


 助けなきゃいけないのはあすみちゃんや坂崎だけゃない。モナのことも助けたい。だけど現実は誰のことも助けられていない。


 そう、僕は誰のことも助けられない。


「あすみちゃん、体調よくないの?」
「うん、まぁ、変わらず」
「そっか」


 ロボットのようなキャラクターがチキンステーキとアイスクリームを運んできた。誰にもぶつからず軽快な音楽と共にテーブルの横に辿り着くとそれをテーブルに載せるように促す。


 全て取り終わるとお礼を言いまた軽快な音楽と共に去っていく。人がいると止まるようにプロミグラミングされている。生きているようだ。あの子はこれからも生きるんだろう。


「とりあえず食べようか」


 ひとりはちゃんとした夕飯、ひとりはデザート、ひとりはジュースのみ、なんだかおかしな三人だ。


「あのね、考えたんだけど」


 チキンステーキを切り分けている時あすみちゃんがそう声を出したから僕は顔を上げた。


「なに?」
「この子、おろすの」
「え?」


 あすみちゃんはお腹を撫でた。


 明るい髪色が色落ちして所々金髪になっている、その髪が肩から揺れ落ちた。



「だからね、この前言ってた……」
「なに?」


 モナも不安そうな顔であすみちゃんの方を見ている。


「身代わりみたいなやつ? けいたくんの死の譲渡してくれないかな。知り合いってところクリアしてるし」

「ダメだよそんなこと!」


 僕はバンッと机に手をつき立ち上がる。


 周りの人が驚いたような顔でこちらを見ている。僕は我に返り周りに謝り腰を下ろす。
 

「ずっと考えてたんだ、元々おろそうと思ってたから、この子の命がけいたくんに宿るならそれは私としてもいいなって」
「でも悩んでたんだよね? だからまだおろしてないんだよね?」
「そうだけど、悩み終わったの!」


 僕はコーラを手にしてストローを指で避けてそのまま一気に飲み込んだ。炭酸が食道を刺激する。


「僕は誰にも譲渡しないよ」

「でも!」

 
「お前ら何の話してるの?」


 ヒートアップした僕たちの会話を遮ったのはそんな声だった。
 顔を上げるとそこに立っていたのは坂崎だった。


「坂崎、なんで?」
「そこからずっと手振ってたんだけど気づかなかったから中に来た」


 そう言って窓の外を指さした。


「ああ、来れたのか?」
「うん、メッセージ送ったんだけど既読にならなくて」
「ごめん、気づかなかったわ」


「で、死の譲渡とかなんとか、なんの話?」


 僕は困った。

 気まずい空気がその場を支配した。