土日休み明け。
関東高等学校剣道大会の男子個人戦優勝をとった観月は学園新聞に写真付きですっぱ抜かれ、一躍時の人となっていた。
「うぐぐ、どうしてこうなった?」
「あー、なんか一気に有名になったよな、観月先輩」
「大会で優勝だろー?そりゃこうもなるよなあ…」
恭宏のクラスに行っても群がる女子が多くて近寄れず、瑠宇は歯噛みする日々を送っていた。
朝の登校は待ち合わせもしてなかったため、恭宏が瑠宇を家に誘いにくることもない。
瑠宇がいつもいつも恭宏を見つけては声をかけていたから、いないのを今更変に思っていたりはしないのだろう。
こうゆう時に好きなのは瑠宇だけなんだと思い知らされる。
塩顔だがイケメン系の顔立ちの恭宏は、剣道の時の凛々しいギャップにやられた女子が多いらしく『今更ヒロの良さに気づく女の子が現れるなんて』と瑠宇はヤキモキしている日々を送っていた。
そんなある日、『恭宏が女の子と街中を仲良さそうに歩いていた』との報告が瑠宇の耳に入った。
噂の真相を確かめるために、恭宏を尾行することに。
「噂を確かめたいんだ!!」
「いいけど……人目を引く可愛さだからなあ…」
なら尾行という体のデートならどうだ?と提案があり、即座にのる瑠宇。
そうしたら瑠宇とデートをしたい男たちが群がり収集がつかなくなったため、女子がくじ引きを作ってくれ、栄えある生贄(デート相手)が決まった。
あくまでも恭宏の尾行であると言い聞かせ、瑠宇は噂を確かめに行くことに。
それにわらわらと瑠宇のデートの尾行に乗り出す男たちの姿に女子は一様に頭を抱えたのだった。
恭宏のデートをじいっと見つめながら瑠宇も追っかけていく。
それを追う男たちの姿は傍目からすると異様で、変に目を引いていた。
恭宏たちはコンビニに入り何かを揃って購入後、徒歩40分かけてどこかの路地を曲がってしまう。
瑠宇は半ば見失いかけ、やっとその店を発見し、躊躇うことなく入っていく。
そこはオシャレな女の子が好みそうなカフェだった。
「……それにしても、恭宏先輩のこと好きなんだなー、幼なじみって聞いたけどホントか?」
「そうだってよ。あ、1班から情報……っ、カフェに入った模様。3班が瑠宇たちの真後ろに席とったって、俺らもいくぞ」
恭宏たちを尾行している瑠宇、瑠宇を尾行している男たちがカフェに集まる形となり、あるものは覗き見を、あるものは入れずに木陰から店内を覗き見るものと…わらわらいた。
瑠宇は耳をそばだてつつ、注文したアイスティーを意味もなくかき混ぜる。
その姿はもはや物憂げな美少女そのものだった。
「……今度は……」
「はい、次は……」
恭宏たちの話を聞こうにも、パーテーションが邪魔でうまく聞き取れない瑠宇は舌打ちをうつ。
存外仲は良さげで、スマホを見せ合いつつ頭を寄せ合う姿にショックを受ける瑠宇。
それはデート役に収まった男からも心配される程で、それを遠目で見ていた尾行班からもため息が漏れる。
「大丈夫か……?」
「イケメン系美女ってああゆうもんだよな」
「そうだね……」
返すも瑠宇心ここにあらず。
「瑠宇ちゃんのが可愛いよ、自信持てって。そうだ、カラオケ行って憂さ晴らししないか?」
「うん……いく……」
瑠宇は深いため息を吐いて、外に出ると尾行していた男子たちとカラオケに向かった。
そして、慰められながらも初めての門限破りをしてしまう瑠宇だった。

恭宏が帰宅した時、姉から聞いたのは瑠宇がまだ家に帰ってきてないけど知ってるか?という内容で、一気に肝が冷えて手先まで震えた。
「連絡いれてみる」
「あら、あんた一緒に帰ってたんじゃなかったのね?」
「最近瑠宇が忙しそうだったから……」
「ほら、最近不審者がこの付近も多いじゃない?瑠宇ちゃんパッと見女の子に見えちゃうし、だから門限決めたのに帰ってこないからあっちのお母さん攫われたんじゃないかって気が動転してるらしいんだわ」
姉から言われて恭宏は血の気が引いた。
もし、瑠宇に何かあったら。
それを考えてしまい、恭宏は居ても立ってもいられなくなり、「探しに行ってくる!!」と家を飛び出した。
最近忙しそうにしてたからと、そんなのは建前で瑠宇を良からぬ風に見る男たちと恭宏が抱える気持ちが似てるんじゃないかと思い込んでしまって、普段通りに振る舞えなくなってしまっていたのだ。
恭宏は今考えるべきは瑠宇の安否なのに、グルグルと脳内で色々思考がぐちゃぐちゃになったまま走っていた。
スマホを取り出し、瑠宇に短縮で電話をかけるもコール音だけが鳴り響く。
「瑠宇、瑠宇……っ!!」
走りながらも数分置きに掛けても通話は繋がらず、焦燥感だけが募る。
辺りは暗く、山の端は薄闇に染まっている。
恭宏は目星も付けずに走りつづけた。
遠くからザザンと打ち付ける波の音が、まるで瑠宇を攫ったかのようなものに聞こえて恭宏は滴る汗を腕の袖口で拭う。
ふと、昔のことを思い出した。
恭宏の姉たちと恭宏と瑠宇で隠れんぼをした時のことだ。
あの時、瑠宇は最後まで隠れきり、泣きべそをかきながら不安そうに出てきたのだ。
瑠宇はなんて言っていた?
隠れんぼ上手な瑠宇は。
―――!!
恭宏は思い当たり、走る場所を海辺へと舵を切った。
目指すは横浜にある、帆船。
夜でもライトアップされてる【帆船・日本丸⠀】だった。

瑠宇は、カラオケ帰りに寄った、大好きな船の甲板から海を眺めていた。
もう門限はとっくに過ぎていて、帰らねばならないのに足が思いを裏切って立ち止まってしまう。
「子供の時もよくここに来たっけ……恭宏とも……」
尾行した恭宏のデートを思い出し、瑠宇は1人泣いていた。
優しい恭宏のことがついに女の子たちに見つかってしまった、あんだけ瑠宇が常に隣にいて蹴散らしてきたのに、剣道をやり出す前から守ってきたのに、もう恭宏は彼女が出来てしまった。
―――どんだけ可愛くしても、女の子らしくしても瑠宇は女の子にはなれない、真に恭宏の隣には立てない。
そう、まざまざと見せつけられてしまった。
瑠宇はどこまでいっても、可愛いものが大好きなだけの男に過ぎない。
女の子のような柔らかさも、可愛い鈴を鳴らすような声も、なにもない。
あるのは華奢で、ひらひらした服に隠した男の肉体だけ。
「門限も破っちゃったたし、どうしよ……」
瑠宇は項垂れた。長い髪が肩から滑る、それを見てもう切ってしまえ、と思った。
だから、瑠宇を呼ぶ声と後ろから抱きしめてくる腕に咄嗟に反応出来なかった。
「や……っ!」
「ばか暴れんな、落ちるだろうが!!」
ぐっと腰を強く抱えられ、背後にドサッと倒れる。
恭宏を下敷きにしてしまい慌ててどきたいのに抱える腕は力強く、瑠宇は暫くして体から力を抜いた。
「はあ―――無事で良かった………」
耳後ろから掛かる声に心臓が跳ね上がる。
瑠宇はどうしてここに?と小さく尋ねた。
「だって瑠宇はここが昔から好きだっただろ?……つうか、着信に出ろよ……」
瑠宇が制服のスカートのポケットからスマホを出すと充電切れで、それを伝えると恭宏が呆れたように上半身を起こす。
「まあ、お前になんもなくて良かった。ほら、帰んぞ…お前の母さん動転して、警察呼ぶとか言ってたからな」
ん、と差し出される手を瑠宇は掴めなかった。
「どうした?」
「ヒロ………彼女、できたの?なんで言ってくれなかったの……?」
恭宏が差し出す手を借りずに体を起こし、瑠宇は立ち上がる。
「彼女?お前見てたのか?」
「………」
恭宏も体を起こし、瑠宇に手を伸ばすが引っ込めて、夜の海に視線を向けた。
そして、暫くしてようやく切り出した。
「……わかった、話す。だから今日はとりあえず帰るぞ」
瑠宇と恭宏は言葉もなく帰り、瑠宇は親にこっぴどく怒られた。