高校から徒歩で駅前へ向かい、そこからショッピングモール行のバスに乗る。所要時間は三十分ほどだ。日曜のバスは混むので座れればラッキーと言われている。優斗は奇跡的に空いているはしの席に、北極を無理やり押し込んだ。

「センパイ、オレが立ってますからセンパイが座って……」
「いいから座れ。おまえは立ってるとデカくて邪魔なんだ」
「……!?」

 ショックを受けている。口を開けたまま固まってしまった北極の頭に、優斗は自分の被っていたキャップを被せた。乗り合わせた客を怯えさせないための配慮だ。北極は身長が高い以上に目力が強いのだった。

 北極の髪に、黒いキャップはよく映えた。

「おまえ、ずるいわ。なんでも似合う」
「……え、と。そんなことは別にないですけど……」
「うるさい。先輩の言うことに口答えするな」
「わあ」

 キャップのつばを思いっきり下げてやる。北極は間抜けな声を上げてされるがままになった。自分の変なノリに付き合ってくれているんだと、優斗もうっすら気づいていた。今日、買い物につきあってくれること自体、そうなのだ。

(……こいつ、俺とハグしないでももう眠れるんだろうな)

 昨夜ぬいぐるみを買わないでもいいと言ったということは、そうだった。実際、北極は四月中はハグもぬいぐるみもなしで眠れていたのだ。寮生活に慣れて、ホームシックも多少は和らいだに違いない。優斗は(今日あたりハグなしで寝かせてみるかな)と思った。もしダメだったとしても誰かに起こしてもらえるよう頼んでおけばいいのだ。寮友会の役割とは本来そういうものだった。

「……センパイ?」

 北極が心配そうに優斗を見上げる。バスが動き出し、優斗は軽く肩をすくめて見せた。

(ほんと変なやつだな。フッた相手と休みの日に出かけようとか、よく思えるもんだ)

 それはきっと自分たちが男同士で、先輩と後輩の関係だからなんだろう。優斗はバスの大きな窓の向こうに菓子工場の煙を見た。地元では名の知れた工場だ。甘くてほのかに苦い匂いを嗅いだ気がした。立って見ていると、煙突から立ち上る煙が曇り空に色をつけているみたいで少々シュールな眺めだった。

「北極、今、外さあ……」
「え?」

 言っている間に通り過ぎた。優斗は「なんでもない」と言って、ふすふすと笑った。北極ががぜん気にして「なんですかっ」と声を上げる。優斗は口を結んで答えなかった。二人で過ごす日曜日は、まだ始まったばかりだった。