「のの」

 名前を呼ばれてふと見ると、高嶺が口を開けて待っている。

「雛鳥じゃないんだから」

 そう言いながらも、俺は自分の弁当箱から唐揚げを一つ摘んで、大きな雛の口に入れてやった。
 
 付き合い始めてからは多くて週に一度、図書準備室なんかに隠れて、こうして二人で昼食をとっている。
 恋愛関係も交友関係も公にしていないので、二人の秘密の時間は今尚続いているのだ。

「美味い。お母さん、料理上手だな」
「あー。これ、自分で作ってる。ほとんどレンチンして詰めてるだけだけど」

 今の唐揚げもスーパーで買ってきた冷凍食品だ。料理上手でも何でもなく、単に製品の質が良いだけである。

 けれど、毎日のようにコンビニ飯か、購買の惣菜パンを食べている高嶺にとってはすごいことに思えたようで、尊敬の眼差しを向けてくる。

「お金払うから、今度俺の分も作ってほしい。……負担じゃなければだけど」
「いいよ。週一ならそんな大変じゃないだろうし」

 そう答えると、高嶺は「やった」と言って無邪気に笑った。

(かっこよくて、可愛い……)

 普段のかっこいい高嶺にもドキドキさせられっぱなしだが、時折見せる柔らかな表情の破壊力といったら。
 そのうち心臓が止まりそうだ。

「のの、早くくっつきたい」
「ご飯食べてからね」

 甘い言葉を吐く高嶺に素っ気なく返事をして、俺はいつもより長めに咀嚼する。

 付き合い始めて分かったことだが、高嶺はかなりストレートな愛情表現をするので、このままでは俺の身が保たない。

 なんとかハグだけでその場をおさめて教室に戻ると、友人二人は神妙な顔で俺を見た。
 高嶺とのことがバレたかと思って一瞬焦ったが、どうやら違うようだ。

「矢野氏、お腹は大丈夫でござるか?」
「病院で診てもらった方が良いんじゃない?」

 何のことか分からず、しばらくきょとんとしてからハッとする。

(あっ! 俺、しょっちゅうお腹壊してトイレに篭ってることになってるんだ!!)

 高嶺と過ごしている間、何十分もトイレで踏ん張っていると思われていたなんて。
 恥ずかしいが、本当のことを言うこともできず、俺はへらへら笑って誤魔化す。

 少し遅れて教室に戻ってきた高嶺にも話が聞こえていたのだろう。彼の口元は緩んでいた。