「お待たせ!」

 ビラを配り終えた俺は、ジャージに着替えてから教室に戻り、高嶺と合流する。

「脱いだんだ」

 体操服姿の俺を見た途端、高嶺は名残惜しそうにそう言ったが、高嶺だって既に制服姿だ。

「そりゃ、ね。あんな姿、人に見せたくない」
「確かに。ののを狙う男が現れたら困る。いや、女装してなくてもののは可愛いから心配だけど」

 高嶺は真面目な顔をして頷く。

(何言ってんだ?)

 まるで、俺のことを『男に狙われるほど可愛い』と思っているみたいじゃないか。
 眉間に皺を寄せる俺に気づいて、高嶺はふっと微笑む。

「よく分からないって顔してる」
「思わせぶりなこと言うの、止めた方が良いと思う」

 普段女子にも同じような発言をしているのなら、彼女たちが気の毒すぎる。
 もしかして、自分は高嶺に好かれているんじゃないかと、勘違いしてしてしまいそうだ。

「本心だよ。さっきの、可愛かった。コスプレしてなくても可愛いけど」

 その言葉を聞いて、俺は高嶺の腕を掴んでぐいっと引っ張った。

「こっち」

 腹が立つ。
 俺の気も知らないで。
 簡単に歯が浮くような台詞を吐かないでほしい。

「そっちは何もないんじゃ……」

 高嶺はそう言いながらも俺についてくる。
 
 どうやって話をすれば良いのか悩んでいたけれど、切り出すのは思ったよりも簡単だった。

 空き教室に入った俺は、ムッとした声で告げる。

「好きだ」
「……え?」

 高嶺はきょとんとしている。
 それはそうだろう。同性の、しかも友人だと思っていた相手に告白されたのだから。

 でも、今ここではっきりさせておくべきだ。

「俺、いつの間にか高嶺のこと、好きになってた」
「……それで、何で俺は避けられてたわけ?」
「高嶺に好きな人がいるって聞いて、それで……苦しかった」

 気持ち悪いと思われたら。嫌われたら。それで良いと思っていたのに、いざとなるとやっぱり怖い。

 叶うのなら、本当は、これからも二人の時間を過ごしたいし、一緒に出かけたい。俺だけを特別扱いしてほしい。

「急に素っ気なくなったのは謝るけど、こんなの初めてだから、どうして良いか分からなくて」

 鼻の奥がツンと痛んだ。
 目には薄い水の膜が張り、涙をこぼすなんてみっともないところを見られないよう、俺はぎゅっと唇を噛んで堪える。

「のの、さっきも言ったけど、俺は思わせぶりなことしてるつもりはない。だって、俺の好きな人ってののだから」
「へ?」

 今度は俺がきょとんとする番だった。

(今、好きな人って言った? 友人として好きとか、そういうこと?)

 驚いて顔を上げると、高嶺は蕩けそうなほど優しい目で俺を見つめて話を続ける。

「オフ会で会う前から、ずっと気になってた。二人で遊んでからは、もっと気になった。だから、嬉しい」
「えっと……それはどういう……」

 これから告げられるであろう言葉を期待して、胸が今まで経験したことがないほどドキドキする。 

 高嶺は俺を真っ直ぐ見て微笑んだ。

「好きだよ。付き合って」

 全身がカァっと熱くなり、俺は震える声で言葉を返す。

「本当に? 罰ゲームとかじゃないよな?」

 そんなことをするような奴ではないと分かっているのに、信じられずに確かめる。

「そんなわけないだろ。俺、だいぶん分かりやすかったと思うけど」
「誰に対してもそうなのかと思った」
「違うよ。ののにだけ」

 高嶺の手がそっと俺に触れる。
 心臓が破裂しそうだと思いながらも、俺はその手を握り返した。

 いつまでそうしていただろうか。文化祭を回らなくても良いのかと尋ねると、高嶺はしばらく悩んだ末に「来年にしよう」と答えたので、俺は思わず笑ってしまう。

「一緒のクラスじゃないかもよ」
「それでも一緒に回ろう」

 外からは賑やかな声が聞こえてくる。
 折角の文化祭だというのに、俺たちは結局そのまま秘密の時間を過ごしていた。