文化祭は陽キャ、リア充のためのイベントだと思う。

 できれば参加したくないが、クラスの一員である以上、何かしら貢献する必要がある。

「矢野氏、どうでござるか」

 ひたすらダンボールをカットしていた俺に、ノブさんが呼び込み用のビラを見せに来る。
 今回クラスでやることになった、吸血鬼コンセプトカフェをイメージしたデザインで、手描きとは思えないほど綺麗だ。

「流石ノブさん、最高に絵が上手い」

 ノブさんは美術部員で美大志望だ。
 美少女キャラを描くのが一番好きらしいが、イラストから油彩画まで、何でも上手い。

「えー、すごっ」
「こんなんプロじゃん」

 ノブさんの才能に気づいたクラスメイトたちが、感嘆の声を上げる。

「ねぇ、こっちもお願いしていい?」
「勿論ですとも」

 案内された先には、途中描きの絵が床に広げられており、それを見たノブさんは「これなかなか斬新ですな」と呟いた。

 外に置くクラス看板用の絵らしいが、これを描いた人物は壊滅的に絵が下手なのだろう。

「高嶺くん、描いてくれたところ悪いんだけど、描き直しちゃっていい?」

 俺は「えっ」と目を見開く。
 委員長に尋ねられた高嶺は、申し訳なさそうに頭を下げた。

(これ……高嶺が描いたの……? 絵は下手なんだ……)

 高嶺の友人たちは、呆気に取られた俺の気持ちを代弁するかのように呟く。

「高嶺に苦手なことがあったとはなー。安心したわ」
「そう落ち込むなよ。味があるって」
「落ち込んでないって。下手ってことは最初に言ってあっただろ」

 恥ずかしかったのか、高嶺はつっけんどんに言葉を返す。

「いやぁ、でもここまでとは思わんかったわ」
「もう一生描かない」
「そう拗ねなさんな」

 高校生男子らしい会話を聞きながら、俺はしゃがみ込んで高嶺の力作を眺める。

「ふふ、これは何だろ。……猫?」

 黒く塗られた塊を見て、何気なく呟いた。

「コウモリのつもりだ」

 つい先ほどまで友人たちと会話していたはずの高嶺が、何故か俺を覗き込んでいる。

(しまった)

 さっと視線を逸らして逃げようとするが、高嶺は俺の腕をがっちり掴んで、耳元で囁く。

「何で俺を無視してるのか心当たりがないわけではないけど、一度話をさせてほしい。できれば文化祭、一緒に回りたい」
「……っ」

 懇願するような、切実な声だった。

「高嶺、どーしたよ」
「絵が下手なの、広めないでってお願いしといた」
「ウケる。だいぶん引きずってんなー」

 高嶺が誤魔化してくれたおかげで、不審には思われなかったらしい。

 けれど――。

(このままじゃ駄目だよな)

 俺はただ、自分が傷つくことを恐れて逃げていただけだ。突然避けるような真似をして、それで高嶺を傷つけた。

(怖いけど、ちゃんと話をしないと)

 その日の晩、俺は意を決してSNSでメッセージを送った。

『避けるようなことしてごめん。よかったら二日目の午後、一緒に回ろう。その時話す』