桜猫『おつかれさまでしたー』
限界社蓄シロウ『おつかれー! 仕事戻る』
天丼おかわり『お疲れ様です』

 ギルドの協力プレイが終わった後、参加していたメンバーの挨拶がチャットにずらりと並ぶ。
 けれど、いつもそこにいるはずの名前がなかった。

ray『あれ、ののえる出てたと思うけど、もういない!?』
桜猫『珍しいね。テスト前とか?』
天丼おかわり『テスト期間ではないと思いますけど』
ray『あ、そっか。二人ともDKか。あー、いいな青春! やり直したすぎる』

 しばらく待っても『ののえる』からのチャットはなかった。俺は溜め息をついてスマホを手放す。

(やっぱ、避けられてるよな?)

 一緒にコラボカフェに行った日から、どうも様子がおかしい。

 SNSでメッセージを送っても、ゲーム内で個チャを送っても何の反応もなく、学校でも完全に無視されている。

 雨の中、走らせたのが良くなかったのだろうか。

「落ちない女子はいないって言うけどさ。男だったらどうなんだよ」

 ベッドに腰掛け、コラボカフェのショップで買った、かぶりネコの限定ぬいを手に取って眺める。
 少し釣り上がったクリクリとした目が、ののに似ている気がする。

(末期だな……)

 我ながら気持ち悪い自覚はある。

 矢野のえるのことは、ずっと前から気になっていた。

 本人は「クリスマス生まれだし可愛いからって、母さんが変な名前をつけたんだ」と怒っていたが、一度聞いたら忘れない、印象に残る名前だ。

 それと、彼が『リーンの箱庭』をプレイしていることは、友人たちとの会話を盗み聞いて知っていた。

 自分の推しについてを語る時の、生き生きとした声が好き。笑った時に前髪の隙間から覗く目元が可愛い。

 それから『陰キャ』と自称しているわりに、隣の席の奴が教科書を忘れていることに気づいたら、自分から「見せようか?」と聞くところが偉い。

 苦手な体育もサボらず一生懸命で、つい目で追ってしまう。

 ギルドで一番仲の良い『ののえる』が、彼だったらいいのにという淡い期待が現実となった時――。
 俺はずっと前から、矢野のえるのことが好きだったのだと自覚した。

(もしかして、気持ちがバレて引かれたとか……?)

 俺は深い溜め息をつき、力なくベッドに転がる。

 サッカーは好きだ。親は確かに大企業の重役だし、小学校高学年から中学まではヨーロッパでインタースクールに通っていたから英語もそれなりにできる。
 父と母のいいとこ取りをしたおかげで、ルックスも悪くないと思う。

 それが何だ。そう思っていたけれど。

 ののが好きだと気づいてから、スペックきっかけでも良いから、どうにか好きになってもらえないかと、やたら格好をつけていた気がする。

(英語の本を読んで気取ったりして。何してんだよ、俺)

 急に恥ずかしくなり、手で顔を覆って呻き声を上げる。

 俺は皆が思うような完璧イケメンではない。漫画やゲーム、それから可愛いキャラクターが好きな普通の――いや、ちょっと変わった男子高校生だ。

 ののは、笑わないでいてくれた。

 やっぱり、好きだ。

 格好をつけなくても、ののなら、ありのままの俺を肯定してくれる気がする。

(いっそ、来週の文化祭で言ってしまおうか)

 理由も分からず避けられるより、真っ向勝負を仕掛けてキッパリ振られた方がまだましだと思った。