動揺したせいであまりよく覚えていないけれど、コラボカフェメニューは美味しかったと思う。

 その後しばらくショッピングモール内を見て回り、『リーンの箱庭』を運営するゲーム会社の公式ショップにも立ち寄って、臨時お小遣いをもらったのに財布の中身はすっからかんだ。

 そろそろ帰ろうかと公式ショップから出たところで、ポツポツと雨が地面を濡らす。

「雨? 今日そんな予報だっけ」

 呑気にそんなことを言っているうちに、雨足は強くなる。当然ながら傘は持っていない。

「駅まで走ろう」

 他の人たちがそうしているように、高嶺は走り出す。

 サッカー部のエースに、帰宅部なうえ運動嫌いの陰キャがついていけるはずもなく、俺は早々にギブアップする。

「待って、俺走るの得意じゃない」
「鞄貸して」

 高嶺は遅れた俺のところまで戻ってくると、荷物を持ち、手をとって再び駆け出した。

(え……?)

 ぐいぐい引っ張られるようにして、俺は高嶺の後ろを走る。
 ザーッと本格降りになった雨に打たれて最悪な状況のはずなのに、何故か気分が高揚して「あはは」と声を上げて笑った。

 高嶺といると、いつもと違う世界が見える。
 高嶺といると、ドキドキすることばかりだ。

(好きだな)

 高嶺といる時の自分も、高嶺のことも、好きだ。

 だから、胸が苦しい。
 泣きそうだ。

 週末二人で出かけるのも、子どもっぽい表情を見せるのも、手をとって走り出すのも、全部俺だけだったらいいのに。
 
「走らせたのに結局濡れたな」
「あれだけ降ったら仕方ないよ」

 やっとのことで駅地下に滑り込んだ俺たちは、人混みを縫うようにして歩く。

「高嶺って好きな子いるの?」

 俺は平静を装って、今日一日ずっと気になっていたことを尋ねた。

「急にどうした?」
「クラスの女子が話してたから、ちょっと気になって」

 高嶺はしばらく黙り込んだ。いないなら「いない」とはっきり言うはずだ。沈黙が答えだろう。

「噂は本当と見た」
「まぁ……いるな」

 やっぱり。そう思うのと同時に、目の前が真っ暗になった。あれ、どうやって息を吸っていたんだっけ。
 
「いつから?」
「だいぶん前」
「さっさと告ればいいのに」

 俺はつい、きつい口調で言ってしまう。

「望み薄だから、今はいいかな」
「高嶺に告白されて、落ちない女子がいるとは思えないけど」
「そうか? そうだといいんだけど、断られる未来しか見えない。まぁ、そういうところも好きなんだけどな」

 そう言う高嶺の横顔は、今まで見たどの表情とも違っていて、心が壊れそうになった。

 少しでも傷が浅く済んで良かった。そう思うしかない。


◆◆◆