「まずは小柳さん、お父さんからうちに依頼があったんや。ただ女将と龍平くんが元気でやってはるか、それが知りたいて言わはってな。せやから担当になった俺が、客として来ることにしたんや」
高階さんが「はなやぎ」に来る様になったのはいつのことだっただろうか。来店があまりにも頻繁で、もう開店当初からのご常連の様な気がしてしまっているが、正確には1年、いや、2年前だったか。
「で、週に1回、元気にしてはって、居心地のええ店で日本酒豊富で料理も旨くて、サービスでタロット占いまでしてもらえて、経営は順調そうやって、SNSで知らせるぐらいやな。まぁ俺もついついそれに釣られてしょっちゅう来てしもたんはご愛嬌や。さすがに全額経費にはしてへんで。それぐらいの遠慮はあるわ」
高階さんは言って、からからと笑う。
「せやから心配いりませんよーって」
「そうや。それで私は安心しとった。で、一応と思ってめぐみにも知らせたんや。そしたらめぐみも世都たちのこと気になっとったて言うて、自分も調査料払うから、こっちにも知らせて欲しいて」
「……私、龍平に家出てかれて、最初は腹が立ってしょうがなかった」
やっとお母さんが口を開いた。
「両親が高齢者住宅に行ってしもて、親ひとり子ひとりになってしもて、それからはふたりで支え合って生きて行かなって思っとった。それやのに私を見捨てて出て行くんかって」
一体龍ちゃんは実家を出るとき、お母さんに何と言ったのだろうか。龍ちゃんのことだからそうきつくは無いはずだが。気にはなるが、口は挟まず言葉を待った。
「でもな、自分で自分のことせなあかん様になって、仕事しながらってほんまに大変で、あっちゅう間に家は荒れたわ。家を整えるんて、ほんまに大変なんやなぁて、あの歳になって初めて知った。私、それを龍平に押し付けとったんやって。龍平かてもう仕事しとったのに」
お母さんは目を伏せながら、ぼそぼそと話す。そこからは反省している様に、世都には思えた。
「ひとりやどうにもならんから、私は結局家政婦さんに来てもらうことになったんやけどね」
「私も、家政婦の世話になってる。ひとりやと身だしなみを整えることすらままならん。ワイシャツにアイロン掛けなあかんことも知らんかった。世都がおる間はそんなことも全部やってくれとったから、困って、世都に戻って来いとかも言うたけど、あかんで、頼ったんは家政婦や。でもそれも、仕事が忙しいんやから当たり前やって思っとったんや。離婚する前も、仕事やからって相手に押し付けようとしてて。そんときはそれが当たり前やて、特に私は男やから、女がやるもんやって思い込んでて」
「私も一緒や。仕事が忙しいんやから、男や女や関係無く、連れ合いがやるもんやって思ってた。特にこれからはそういう時代になるやろうからって」
「でも、今さらになって思うんや。私ら、やらかしたんやなって。親らしいことなんか何もできひんかったけど、これからは少しでも、ちゃんとやらして欲しいて思ってるんや。再婚して、今度こそ支え合って、助け合ってやって行きたい、世都や龍平の誕生日を祝ったりしたい、そう思ったんや。私は世都と一緒に暮らしとったのに、タロット占いを得意にしてたことも知らんかった。これからもっと世都と龍平のことを知りたいんや」
龍ちゃんは世都の横で、やれやれと言う様に肩をすくめた。世都も呆れてはしまうが、両親を恨んだりしているわけでも無いし、別にこのままでも構わないと思っている。
だが両親が世都たちに関わろうとするのなら、それはそれで良い。今から親子関係を修復、いや、構築するのはそう簡単なことでは無いと思う。距離感があったからどうしても遠慮は出てしまうだろうし、世間一般の親子の様にはいかないだろう。
だがもう全員大人だ。そこは割り切って取り繕うことぐらいはできるだろう。とはいえ。
「ほんま、調子ええなぁ」
何か言ってやらないと気が済まない、そんな気持ちがもたげた。世都はわざとぶっきらぼうに言い放つ。両親はまた気まずそうに肩を縮こませた。すると。
「ま、ええやん、姉ちゃん」
龍ちゃんが穏やかに口を挟む。うん、龍ちゃんならそう言うだろうなと思っていた。その人当たりの良さから優しい人間だと思われがちだが、その実はそう見えて、世都同様冷酷な部分も持ち合わせている。
それでも実の両親を目の前にして、邪険にできるほど冷淡では無いのだ。そこは世都よりもよほど思いやりの心を持っている。
「たまにはこうやってさ、4人でごはん食べたり飲んだりしようや」
龍ちゃんはにこにこと笑みを浮かべている。世都としては龍ちゃんが良いのなら、それで構わない。
「そやね。お正月とかは一緒に伯母ちゃんとこお邪魔さしてもろてもええやろうし」
するとお父さんとお母さんは、ぎょっと目を剥いた。
「いや、私ら、姉さんによう顔向けできひんから」
「うん、お義姉さんにはきっと呆れられてるやろうし」
ふたりは焦ってそんなことを言うが、世都は「大丈夫やって」と笑い飛ばす。
「あの伯母ちゃんが、そんな細かいこといちいち気にしてるわけあれへんやろ」
世都が言うと、ふたりはほっと顔を綻ばせ、「そっか」と呟いた。
高階さんが「はなやぎ」に来る様になったのはいつのことだっただろうか。来店があまりにも頻繁で、もう開店当初からのご常連の様な気がしてしまっているが、正確には1年、いや、2年前だったか。
「で、週に1回、元気にしてはって、居心地のええ店で日本酒豊富で料理も旨くて、サービスでタロット占いまでしてもらえて、経営は順調そうやって、SNSで知らせるぐらいやな。まぁ俺もついついそれに釣られてしょっちゅう来てしもたんはご愛嬌や。さすがに全額経費にはしてへんで。それぐらいの遠慮はあるわ」
高階さんは言って、からからと笑う。
「せやから心配いりませんよーって」
「そうや。それで私は安心しとった。で、一応と思ってめぐみにも知らせたんや。そしたらめぐみも世都たちのこと気になっとったて言うて、自分も調査料払うから、こっちにも知らせて欲しいて」
「……私、龍平に家出てかれて、最初は腹が立ってしょうがなかった」
やっとお母さんが口を開いた。
「両親が高齢者住宅に行ってしもて、親ひとり子ひとりになってしもて、それからはふたりで支え合って生きて行かなって思っとった。それやのに私を見捨てて出て行くんかって」
一体龍ちゃんは実家を出るとき、お母さんに何と言ったのだろうか。龍ちゃんのことだからそうきつくは無いはずだが。気にはなるが、口は挟まず言葉を待った。
「でもな、自分で自分のことせなあかん様になって、仕事しながらってほんまに大変で、あっちゅう間に家は荒れたわ。家を整えるんて、ほんまに大変なんやなぁて、あの歳になって初めて知った。私、それを龍平に押し付けとったんやって。龍平かてもう仕事しとったのに」
お母さんは目を伏せながら、ぼそぼそと話す。そこからは反省している様に、世都には思えた。
「ひとりやどうにもならんから、私は結局家政婦さんに来てもらうことになったんやけどね」
「私も、家政婦の世話になってる。ひとりやと身だしなみを整えることすらままならん。ワイシャツにアイロン掛けなあかんことも知らんかった。世都がおる間はそんなことも全部やってくれとったから、困って、世都に戻って来いとかも言うたけど、あかんで、頼ったんは家政婦や。でもそれも、仕事が忙しいんやから当たり前やって思っとったんや。離婚する前も、仕事やからって相手に押し付けようとしてて。そんときはそれが当たり前やて、特に私は男やから、女がやるもんやって思い込んでて」
「私も一緒や。仕事が忙しいんやから、男や女や関係無く、連れ合いがやるもんやって思ってた。特にこれからはそういう時代になるやろうからって」
「でも、今さらになって思うんや。私ら、やらかしたんやなって。親らしいことなんか何もできひんかったけど、これからは少しでも、ちゃんとやらして欲しいて思ってるんや。再婚して、今度こそ支え合って、助け合ってやって行きたい、世都や龍平の誕生日を祝ったりしたい、そう思ったんや。私は世都と一緒に暮らしとったのに、タロット占いを得意にしてたことも知らんかった。これからもっと世都と龍平のことを知りたいんや」
龍ちゃんは世都の横で、やれやれと言う様に肩をすくめた。世都も呆れてはしまうが、両親を恨んだりしているわけでも無いし、別にこのままでも構わないと思っている。
だが両親が世都たちに関わろうとするのなら、それはそれで良い。今から親子関係を修復、いや、構築するのはそう簡単なことでは無いと思う。距離感があったからどうしても遠慮は出てしまうだろうし、世間一般の親子の様にはいかないだろう。
だがもう全員大人だ。そこは割り切って取り繕うことぐらいはできるだろう。とはいえ。
「ほんま、調子ええなぁ」
何か言ってやらないと気が済まない、そんな気持ちがもたげた。世都はわざとぶっきらぼうに言い放つ。両親はまた気まずそうに肩を縮こませた。すると。
「ま、ええやん、姉ちゃん」
龍ちゃんが穏やかに口を挟む。うん、龍ちゃんならそう言うだろうなと思っていた。その人当たりの良さから優しい人間だと思われがちだが、その実はそう見えて、世都同様冷酷な部分も持ち合わせている。
それでも実の両親を目の前にして、邪険にできるほど冷淡では無いのだ。そこは世都よりもよほど思いやりの心を持っている。
「たまにはこうやってさ、4人でごはん食べたり飲んだりしようや」
龍ちゃんはにこにこと笑みを浮かべている。世都としては龍ちゃんが良いのなら、それで構わない。
「そやね。お正月とかは一緒に伯母ちゃんとこお邪魔さしてもろてもええやろうし」
するとお父さんとお母さんは、ぎょっと目を剥いた。
「いや、私ら、姉さんによう顔向けできひんから」
「うん、お義姉さんにはきっと呆れられてるやろうし」
ふたりは焦ってそんなことを言うが、世都は「大丈夫やって」と笑い飛ばす。
「あの伯母ちゃんが、そんな細かいこといちいち気にしてるわけあれへんやろ」
世都が言うと、ふたりはほっと顔を綻ばせ、「そっか」と呟いた。