勝川さんはココナちゃんが食べたいと言ったものを中心に注文をした。肉団子のデミグラスソース煮込み、ほぼカニチャーハン。それに奥さまが青菜炒めなどのお野菜を足す。今日の青菜は小松菜だ。
「ほぼカニ」は兵庫県のカネテツさんから発売されているカニかまである。ほぼシリーズは他にも帆立などがあり、「ほぼ」それらの味わい、というコンセプトの練り製品だ。
1人前は2分の1パックを使い、添付の黒酢入和だしカニ酢を卵に混ぜ込むことで、よりカニらしい風味を上げている。カニ酢入りの卵がお米にまとうので、他の調味料はあまり使わない。うま味調味料を少し足すぐらいだ。
「はなやぎ」では堂々と「ほぼカニですよ」と言って、チャーハンを提供している。本物のカニを使うよりもリーズナブルにそれに近い味を出せるのだから、使わない手は無い。お客さまも「ほぼカニて」と笑いながら注文してくれるのだ。
勝川さんが好物の鶏肉とチーズも欠かせない。今日はチキン南蛮風と、モッツァレラチーズのおかか和えだ。
チキン南蛮風は「はなやぎ」では揚げずに作る。なので「風」なのだ。皮目からぱりっと焼き上げた鶏もも肉を切り分けたらさっぱり目に合わせた甘酢を塗り、タルタルソースをたっぷりと掛ける。
「はなやぎ」のタルタルソースは、マヨネーズにゆで卵とみじん切りにしたらっきょうを合わせて作る。マヨネーズはスーパーでも買える一般的なものだが、酸味を抑えるためにお砂糖を少し加えている。そこにゆで卵の味わいとらっきょうの甘酸っぱさが優しく立ち上がるのだ。
モッツァレラチーズのおかか和えは、シンプルなものだ。一口大にちぎったモッツァレラチーズにたまり醤油を軽くまぶし、削り節で和える。チーズの風味がしっかりと持ち上がる一品だ。
さて飲み物は、勝川さんはいつもの天狗舞山廃仕込純米酒のハイボール、ココナちゃんはオレンジジュースを選んだのだが。奥さまは悩んでいる様だった。
「私、熱燗とかぬる燗が好きなんですよ。お家で飲むときはあんま深く考えずに純米酒をレンジでお燗にするんですけど、おすすめとかってありますか?」
「そうですねぇ、熱燗やぬる燗でしたら、神亀純米清酒が熱燗専用酒っていわれるぐらい熱燗に合ったお酒で、菊姫の山廃仕込純米酒や大七生もと純米も燗上がりすることで評判ですねぇ。純米酒や山廃が燗上がりするって言われてますもんね。なので今日は、勝川さんと同じ天狗舞の山廃を、熱燗で飲んでみはりません? メーカーさんおすすめの飲み方でもあるんですよ」
「あ、それええやん。少し交換して、飲み方の違いで味の違いも楽しめそうやし」
「そうやねぇ、そうしてみよかな。ほな私には、その天狗舞山廃? の熱燗をください」
「はい。お待ちくださいね」
神亀は埼玉県の神亀酒造さんが醸す日本酒である。冷やや冷酒だと酸味がやや強いのだが、お燗にすることで柔らかな甘みが立ち上がり、ふくよかさも生み出される。まさに熱燗専用酒と言われる由縁なのだ。
菊姫は石川県の菊姫合資会社さんで作られる日本酒である。香ばしい香りと力強い酸味、ふんだんなお米の旨味がお燗にすることで調和され、豊かな飲み口になるのである。
大七は福島県の大七酒造さんで醸される日本酒だ。濃醇な深いコクを生み出す生もと造りをし続けている蔵元さんである。純米生もとはふっくらとした旨味で、いろいろなお料理に合わせることができる、懐の深い日本酒なのだ。
熱燗やぬる燗は、吟醸や純米吟醸より純米酒が合っているというのが、一般的な認識だと思う。確かにきりっとさっぱりした吟醸などはお燗にするとその良さが損なわれると思うし、純米酒だからお米の旨味がふぅわりと香るのだと思う。
とは言え、やはり世都に言わせれば、好きなお酒を好きに飲めば良いのだ、という結論になる。例えば獺祭の磨き二割三分をお燗にしようとされたら、世都でも全力で止めるかも知れないが、それが好きだと言う人もきっとこの世にはいるのだろう。
世都はまず天狗舞山廃を蓋付きのちろりに入れ、静かに沸いている湯に沈めた。タンブラーに天狗舞山廃のハイボールを作り、プラスチックの取っ手付きのカップに氷とオレンジジュースを入れ、短いストローを刺す。良い塩梅に温まった天狗舞山廃を引き上げ、ちろりの外側の水分を拭き上げて、陶器製のぐい飲みを出した。
運ぶのは龍平くんに任せて、世都はお料理に取り掛かる。世都がドリンクの準備をしている間に、龍平くんの手によって肉団子は小さなお鍋に移されてことことと温めが始まっていて、ほぼカニは適当なサイズにほぐされている。
ココナちゃんはきっとお腹が空いているだろうから、早くごはんを持って行ってあげたい。世都はせっせと手を動かした。
そうして今は、フライパンの上で鶏もも肉がじわじわと焼けて行き、世都の手はさくさくと、青菜炒めの小松菜を切っている。
青菜炒めはごま油とお塩、日本酒とみりん、お醤油であっさりと味付けをする。少し甘めを意識して、どんな葉物野菜でも食べやすくなる味付けを心掛けている。いつもはにんにくのみじんぎりも使うのだが、勝川さん親子の分は了承を得て抜いておいた。
世都は時折顔を上げ、勝川さん親子に目を向ける。世都が作ったものを食べ、飲み、話し、笑い合う。お父さん、お母さん、そして子ども。まるで理想の家族像が詰まっている様だ。
……世都と龍ちゃんが、味わったことの無い、幻。それは、とても眩しかった。
「ほぼカニ」は兵庫県のカネテツさんから発売されているカニかまである。ほぼシリーズは他にも帆立などがあり、「ほぼ」それらの味わい、というコンセプトの練り製品だ。
1人前は2分の1パックを使い、添付の黒酢入和だしカニ酢を卵に混ぜ込むことで、よりカニらしい風味を上げている。カニ酢入りの卵がお米にまとうので、他の調味料はあまり使わない。うま味調味料を少し足すぐらいだ。
「はなやぎ」では堂々と「ほぼカニですよ」と言って、チャーハンを提供している。本物のカニを使うよりもリーズナブルにそれに近い味を出せるのだから、使わない手は無い。お客さまも「ほぼカニて」と笑いながら注文してくれるのだ。
勝川さんが好物の鶏肉とチーズも欠かせない。今日はチキン南蛮風と、モッツァレラチーズのおかか和えだ。
チキン南蛮風は「はなやぎ」では揚げずに作る。なので「風」なのだ。皮目からぱりっと焼き上げた鶏もも肉を切り分けたらさっぱり目に合わせた甘酢を塗り、タルタルソースをたっぷりと掛ける。
「はなやぎ」のタルタルソースは、マヨネーズにゆで卵とみじん切りにしたらっきょうを合わせて作る。マヨネーズはスーパーでも買える一般的なものだが、酸味を抑えるためにお砂糖を少し加えている。そこにゆで卵の味わいとらっきょうの甘酸っぱさが優しく立ち上がるのだ。
モッツァレラチーズのおかか和えは、シンプルなものだ。一口大にちぎったモッツァレラチーズにたまり醤油を軽くまぶし、削り節で和える。チーズの風味がしっかりと持ち上がる一品だ。
さて飲み物は、勝川さんはいつもの天狗舞山廃仕込純米酒のハイボール、ココナちゃんはオレンジジュースを選んだのだが。奥さまは悩んでいる様だった。
「私、熱燗とかぬる燗が好きなんですよ。お家で飲むときはあんま深く考えずに純米酒をレンジでお燗にするんですけど、おすすめとかってありますか?」
「そうですねぇ、熱燗やぬる燗でしたら、神亀純米清酒が熱燗専用酒っていわれるぐらい熱燗に合ったお酒で、菊姫の山廃仕込純米酒や大七生もと純米も燗上がりすることで評判ですねぇ。純米酒や山廃が燗上がりするって言われてますもんね。なので今日は、勝川さんと同じ天狗舞の山廃を、熱燗で飲んでみはりません? メーカーさんおすすめの飲み方でもあるんですよ」
「あ、それええやん。少し交換して、飲み方の違いで味の違いも楽しめそうやし」
「そうやねぇ、そうしてみよかな。ほな私には、その天狗舞山廃? の熱燗をください」
「はい。お待ちくださいね」
神亀は埼玉県の神亀酒造さんが醸す日本酒である。冷やや冷酒だと酸味がやや強いのだが、お燗にすることで柔らかな甘みが立ち上がり、ふくよかさも生み出される。まさに熱燗専用酒と言われる由縁なのだ。
菊姫は石川県の菊姫合資会社さんで作られる日本酒である。香ばしい香りと力強い酸味、ふんだんなお米の旨味がお燗にすることで調和され、豊かな飲み口になるのである。
大七は福島県の大七酒造さんで醸される日本酒だ。濃醇な深いコクを生み出す生もと造りをし続けている蔵元さんである。純米生もとはふっくらとした旨味で、いろいろなお料理に合わせることができる、懐の深い日本酒なのだ。
熱燗やぬる燗は、吟醸や純米吟醸より純米酒が合っているというのが、一般的な認識だと思う。確かにきりっとさっぱりした吟醸などはお燗にするとその良さが損なわれると思うし、純米酒だからお米の旨味がふぅわりと香るのだと思う。
とは言え、やはり世都に言わせれば、好きなお酒を好きに飲めば良いのだ、という結論になる。例えば獺祭の磨き二割三分をお燗にしようとされたら、世都でも全力で止めるかも知れないが、それが好きだと言う人もきっとこの世にはいるのだろう。
世都はまず天狗舞山廃を蓋付きのちろりに入れ、静かに沸いている湯に沈めた。タンブラーに天狗舞山廃のハイボールを作り、プラスチックの取っ手付きのカップに氷とオレンジジュースを入れ、短いストローを刺す。良い塩梅に温まった天狗舞山廃を引き上げ、ちろりの外側の水分を拭き上げて、陶器製のぐい飲みを出した。
運ぶのは龍平くんに任せて、世都はお料理に取り掛かる。世都がドリンクの準備をしている間に、龍平くんの手によって肉団子は小さなお鍋に移されてことことと温めが始まっていて、ほぼカニは適当なサイズにほぐされている。
ココナちゃんはきっとお腹が空いているだろうから、早くごはんを持って行ってあげたい。世都はせっせと手を動かした。
そうして今は、フライパンの上で鶏もも肉がじわじわと焼けて行き、世都の手はさくさくと、青菜炒めの小松菜を切っている。
青菜炒めはごま油とお塩、日本酒とみりん、お醤油であっさりと味付けをする。少し甘めを意識して、どんな葉物野菜でも食べやすくなる味付けを心掛けている。いつもはにんにくのみじんぎりも使うのだが、勝川さん親子の分は了承を得て抜いておいた。
世都は時折顔を上げ、勝川さん親子に目を向ける。世都が作ったものを食べ、飲み、話し、笑い合う。お父さん、お母さん、そして子ども。まるで理想の家族像が詰まっている様だ。
……世都と龍ちゃんが、味わったことの無い、幻。それは、とても眩しかった。