きついことを言っていると思う。だが結城さんが望む未来を手に入れるには、本人が変わらなければ。
世都は山縣さんと直接関わりがあるわけでは無い。だが結城さんは言った。山縣さんに「重い」と言われて振られたのだと。なら、山縣さんは望んていなかったということになる。
「……そこまでせんでええでって、言われたことあります。でも遠慮なんやと思って。せやから余計にしたげなって」
結城さんのぼそぼそとした聞き取りづらい声が、世都の耳にかろうじて届いた。
優先する、尽くす、一方的なそれは相手のペースを崩すことだってある。相手のことを考えてのものならば相手の状況を見て手を出すものだ。だが「してあげている」が前面にあると、それが見えなくなる。
内助の功なんて言葉もあるが、結城さんの行動はきっと、相手の事情を見ていない。相手に配慮しているのなら、「重い」なんて思われないのだから。
「遠慮や無かったんちゃうんかなぁって思うんですよ。多分、タイミングとかもあったんでしょうかねぇ。結城さんの手が欲しいときといらんとき、難しいですけどその見極めとかって、必要やったんかなって」
「そんなん、分かりませんよぅ〜……」
結城さんはすっかりとしょげてしまう。言い過ぎたかな、とも思ったが。
「聞けばええんです。自分の考えとか行動を押し付けるんや無くて、何をして欲しいのか。察するのって難しいんですから。やって欲しいことも同じです。それもお互いに負担にならん様に擦り合わせるんです。恋人だけやありません。家族かてお友だちかて同じです。そうやって関係を築いて行くもんやと思いますよ」
結城さんがゆっくりと顔を上げる。少し目尻が潤んでいた。だがその表情は思い詰めた様なものでは無く。
「相手のためやって思ってても、それが押し付けになってしもたら、それが負担になりますよね。お相手さんはそう感じはったんやないかって思います」
「あたし、どうしたらええんでしょう」
「お話をすることです。一方的や無くて、ちゃんと会話を。結城さん、お相手にLINEすることは控えても、して欲しがってましたよね。不思議がられませんでした? で、もらわれへんかったら相手を責めたりしてませんでした?」
「責めるっちゅうか、何でくれへんの? って」
「その頻度は分かりませんけど、普通は用事でも無ければやりとりはしませんよ。一緒に暮らしとったらなおのことです。結城さんのご両親、そんな頻繁に連絡とか取り合うてはりました?」
すると結城さんは考え込む様に首を傾げるが、「あ」と目を丸くした。
「してへんかったと思います。え、なんであたし、こんなにLINEとかしたがったんやろ」
結城さんは動揺している。それが恋愛体質ゆえだと世都などは思うのだが、口にはしない。世都は微笑んだ。
「お相手のペースにも寄り添うことが大事ですよね。全てが正しい人なんて、この世におらんのですよ。むしろ自分が正しいて思ってる人ほど、はたから見たら間違ってる、て言うか、少数派やったりする。大多数でおることが正しいわけでも無いですが。でも人さまのお話をちゃんと聞けん人が、誰かと巧くいくわけ無いんですからね」
「そう、ですよね」
結城さんは憑き物が落ちた様な、すっきりとした表情になっていた。
急には変われないとは思う。だが自分の良いところ悪いところ、それを把握して、周りを見る。我を出すなとは言わない。個性は尊重されるものだ。だがそれで人を不快にさせてはいけないのだ。
人を大事にする、幸せでいて欲しい。その思いがあれば、きっと大丈夫。
「女将さん、ありがとうございます」
結城さんはふわりと泣き笑いを浮かべ、久保田スパークリングと冷や奴を平らげて帰って行った。
「……もう、大丈夫やろかな」
高階さんが言う。世都は「やと、ええですね」と曖昧に応えた。
こればかりは分からない。今回のことを教訓にしてくれるかどうか。それは結城さん次第。そう思うしか無い。
恋愛体質なんてものは、その人にすっかりと沁み込んだものだ。それを拭ったり薄めたりするのは容易なことでは無いだろう。だが結城さんが恋人と一緒にいたいのなら、そして結婚を望むのなら、相手のことを思いやるのは大前提だ。その基本があって、やっと誰かと触れ合えるのだ。
世都は沈黙を保っているタロットカードのいちばん上をめくる。それは今夜、世都と話をする前の結城さんの今、これから。
死神の逆位置。変われない、同じことの繰り返し、そんな意味を持つ。世都はつい苦笑してしまうが。
ふと思い立って、またカードを混ぜ始める。丹念に手を回し、ひとつにまとめ、みっつに分けて、またひとつに。
少し緊張しつつ、めくると。
「……死神の正位置や」
世都は吐息を混ぜらせた。ああ。
意味は変化、再生、再出発。これまでのやり方は通用しない、思い切った改革が必要。
停滞していたカードが、動き出して戻って来た。
「もう、大丈夫かも、知れませんね」
世都のつぶやきは、きっと誰にも聞こえなかっただろう。龍平くんは食器を洗ってくれている。高階さんは黙々と、だが満足そうな顔で切子ロックグラスを傾けた。
世都は山縣さんと直接関わりがあるわけでは無い。だが結城さんは言った。山縣さんに「重い」と言われて振られたのだと。なら、山縣さんは望んていなかったということになる。
「……そこまでせんでええでって、言われたことあります。でも遠慮なんやと思って。せやから余計にしたげなって」
結城さんのぼそぼそとした聞き取りづらい声が、世都の耳にかろうじて届いた。
優先する、尽くす、一方的なそれは相手のペースを崩すことだってある。相手のことを考えてのものならば相手の状況を見て手を出すものだ。だが「してあげている」が前面にあると、それが見えなくなる。
内助の功なんて言葉もあるが、結城さんの行動はきっと、相手の事情を見ていない。相手に配慮しているのなら、「重い」なんて思われないのだから。
「遠慮や無かったんちゃうんかなぁって思うんですよ。多分、タイミングとかもあったんでしょうかねぇ。結城さんの手が欲しいときといらんとき、難しいですけどその見極めとかって、必要やったんかなって」
「そんなん、分かりませんよぅ〜……」
結城さんはすっかりとしょげてしまう。言い過ぎたかな、とも思ったが。
「聞けばええんです。自分の考えとか行動を押し付けるんや無くて、何をして欲しいのか。察するのって難しいんですから。やって欲しいことも同じです。それもお互いに負担にならん様に擦り合わせるんです。恋人だけやありません。家族かてお友だちかて同じです。そうやって関係を築いて行くもんやと思いますよ」
結城さんがゆっくりと顔を上げる。少し目尻が潤んでいた。だがその表情は思い詰めた様なものでは無く。
「相手のためやって思ってても、それが押し付けになってしもたら、それが負担になりますよね。お相手さんはそう感じはったんやないかって思います」
「あたし、どうしたらええんでしょう」
「お話をすることです。一方的や無くて、ちゃんと会話を。結城さん、お相手にLINEすることは控えても、して欲しがってましたよね。不思議がられませんでした? で、もらわれへんかったら相手を責めたりしてませんでした?」
「責めるっちゅうか、何でくれへんの? って」
「その頻度は分かりませんけど、普通は用事でも無ければやりとりはしませんよ。一緒に暮らしとったらなおのことです。結城さんのご両親、そんな頻繁に連絡とか取り合うてはりました?」
すると結城さんは考え込む様に首を傾げるが、「あ」と目を丸くした。
「してへんかったと思います。え、なんであたし、こんなにLINEとかしたがったんやろ」
結城さんは動揺している。それが恋愛体質ゆえだと世都などは思うのだが、口にはしない。世都は微笑んだ。
「お相手のペースにも寄り添うことが大事ですよね。全てが正しい人なんて、この世におらんのですよ。むしろ自分が正しいて思ってる人ほど、はたから見たら間違ってる、て言うか、少数派やったりする。大多数でおることが正しいわけでも無いですが。でも人さまのお話をちゃんと聞けん人が、誰かと巧くいくわけ無いんですからね」
「そう、ですよね」
結城さんは憑き物が落ちた様な、すっきりとした表情になっていた。
急には変われないとは思う。だが自分の良いところ悪いところ、それを把握して、周りを見る。我を出すなとは言わない。個性は尊重されるものだ。だがそれで人を不快にさせてはいけないのだ。
人を大事にする、幸せでいて欲しい。その思いがあれば、きっと大丈夫。
「女将さん、ありがとうございます」
結城さんはふわりと泣き笑いを浮かべ、久保田スパークリングと冷や奴を平らげて帰って行った。
「……もう、大丈夫やろかな」
高階さんが言う。世都は「やと、ええですね」と曖昧に応えた。
こればかりは分からない。今回のことを教訓にしてくれるかどうか。それは結城さん次第。そう思うしか無い。
恋愛体質なんてものは、その人にすっかりと沁み込んだものだ。それを拭ったり薄めたりするのは容易なことでは無いだろう。だが結城さんが恋人と一緒にいたいのなら、そして結婚を望むのなら、相手のことを思いやるのは大前提だ。その基本があって、やっと誰かと触れ合えるのだ。
世都は沈黙を保っているタロットカードのいちばん上をめくる。それは今夜、世都と話をする前の結城さんの今、これから。
死神の逆位置。変われない、同じことの繰り返し、そんな意味を持つ。世都はつい苦笑してしまうが。
ふと思い立って、またカードを混ぜ始める。丹念に手を回し、ひとつにまとめ、みっつに分けて、またひとつに。
少し緊張しつつ、めくると。
「……死神の正位置や」
世都は吐息を混ぜらせた。ああ。
意味は変化、再生、再出発。これまでのやり方は通用しない、思い切った改革が必要。
停滞していたカードが、動き出して戻って来た。
「もう、大丈夫かも、知れませんね」
世都のつぶやきは、きっと誰にも聞こえなかっただろう。龍平くんは食器を洗ってくれている。高階さんは黙々と、だが満足そうな顔で切子ロックグラスを傾けた。