そして予想した通り、本当に結城さんはやって来た。その表情にはありありと落胆が滲んでいる。目には薄っすらと潤むものもあった。
「……たっくんに、振られました」
世都は静かにカウンタ席に掛けた結城さんに、温かいおしぼりを渡す。虚ろな目でのろのろと手を拭いた。痛ましい結城さんの姿に、今日は注文が無くても仕方が無いかもなんて思ってしまう。
同棲に進むほど、結城さんは山縣さんを思っていたはずだ。山縣さんは確かに積極的には動かなかったのかも知れないが、それでもともに生活をすることを選んだのだから、それなりの思いを持っていたと思うのだか。
ふたりがお付き合いを始めたのが、夏。確かまだ9月にはなっていなかったと思う。3ヶ月ほどの間に急速に進み、急激に萎んでしまった。
結城さんはすっかりと消沈してしまっている。一体この3ヶ月ほどの間に何があったと言うのか。同棲を始めたときには、あんなに幸せそうだったでは無いか。
まさか、元恋人が接触してきたことが知れてしまったのだろうか。いや、あれは結城さんに非は無い。確かに心は揺れ動いたが、結城さんは山縣さんから離れなかったのだから。
結城さんはまるで流れ作業の様に日本酒のおしながきを見た。
「あの……久保田のスパークリングください。それと、冷や奴とかなら食べられそうです。ありますか?」
ショックで食欲も落ちてしまっているのだろう。冷や奴なら冷たくてあっさりしているので、こういうときには打って付けだ。
「冷や奴、ありますよ。お待ちくださいね」
世都は言って、まずは久保田スパークリングを冷蔵庫から出した。
久保田スパーリングは新潟県の朝日酒造さんが醸すお酒である。軽やかで、マスカットの様な香りが爽やかな一品だ。
まずは久保田スパークリングをワイングラスで出し、冷や奴を用意する。絹ごし豆腐なのだが、これも岡町商店街の豆腐屋さん謹製である。薬味に大葉の千切りと青ねぎの小口切りを盛り、削り節を散らした。
「お待たせしました。お醤油とポン酢、どちらにしはります? お塩もありですよ」
「ポン酢で、お願いします……」
結城さんの声はすっかりと沈んでしまっている。世都は醤油差しに入れたポン酢を「どうぞ」と出した。
「ありがとうございます……」
結城さんはポン酢を受け取りはしたが、冷や奴には掛けずに、ワイングラスをちびりと傾けた。
「あの……」
消え入りそうな声で口を開く。目を瞬かせると、ぽろりと雫が頬を伝った。
「あたしって、そんなに重い女ですか……?」
想像はしていた。恋愛体質だからというわけでは無いが、結城さんは依存体質でもあるのでは無いかと。
「何があったんですか?」
世都が優しく聞くと、結城さんはずずっと鼻をすすった。
「たっくんに「重い、しんどい」て言われたんです。それ、あたし、前にも言われたんで、友だちに相談して、気ぃ付けてたつもりやったんですけど」
「そのときはどんなことをしてはったんか、聞いてええですか?」
「はい……。あの、もういつでも相手と繋がっていたくて、ちょいちょいLINE送ってたんです。それが鬱陶しいって言われたから、たっくんにはあたしからは送らん様にして。でもたっくんには送って欲しいから、休憩時間とか、そういうときに送って欲しいて言うてたら、しんどいて言われて」
「用事があるわけや無いのに、LINE送り合うたりするってことですか?」
「用事っちゅうか、今何してる? とか、今こんなことやってるよ、とか、そんなんで良かったんですけど」
もの凄く分かりやすく「重い女」だった。
「いつかてたっくんを優先してたし、あたしなりに尽くしてたつもりやのに」
本当にステレオタイプである。不謹慎ながらも「他にパターン無いんかい」と思ってしまう。
世には、そうして欲しい男性だっているだろう。優先して欲しい、尽くされたい、何でもやってもらいたい。
ただ、これはただの世都の心証なだけだが、男性の多くは縛られることを嫌がるのでは無いだろうか。それは尽くされたい男性であっても同じだ。正直なところ、尽くされたいのに束縛するなという男性は、世都視点だとクズ男なのだが。
「あの、あたし、どうしたら良かったんでしょう。どうしたらええ人に出会えますか? そうゆうのんも、占いで分かったりしますか?」
タロット占いも万能では無い。だがこの願いは可能ではある。しかし、本質は別のところにあるのでは、と世都は感じている。
それでも占うことで結城さんの気が済むのなら。救われるのなら。癒されるのなら。
「できますよ」
世都は穏やかに、そう応えた。すると結城さんの目が鈍く、だが希望を持った様に光った。
「……たっくんに、振られました」
世都は静かにカウンタ席に掛けた結城さんに、温かいおしぼりを渡す。虚ろな目でのろのろと手を拭いた。痛ましい結城さんの姿に、今日は注文が無くても仕方が無いかもなんて思ってしまう。
同棲に進むほど、結城さんは山縣さんを思っていたはずだ。山縣さんは確かに積極的には動かなかったのかも知れないが、それでもともに生活をすることを選んだのだから、それなりの思いを持っていたと思うのだか。
ふたりがお付き合いを始めたのが、夏。確かまだ9月にはなっていなかったと思う。3ヶ月ほどの間に急速に進み、急激に萎んでしまった。
結城さんはすっかりと消沈してしまっている。一体この3ヶ月ほどの間に何があったと言うのか。同棲を始めたときには、あんなに幸せそうだったでは無いか。
まさか、元恋人が接触してきたことが知れてしまったのだろうか。いや、あれは結城さんに非は無い。確かに心は揺れ動いたが、結城さんは山縣さんから離れなかったのだから。
結城さんはまるで流れ作業の様に日本酒のおしながきを見た。
「あの……久保田のスパークリングください。それと、冷や奴とかなら食べられそうです。ありますか?」
ショックで食欲も落ちてしまっているのだろう。冷や奴なら冷たくてあっさりしているので、こういうときには打って付けだ。
「冷や奴、ありますよ。お待ちくださいね」
世都は言って、まずは久保田スパークリングを冷蔵庫から出した。
久保田スパーリングは新潟県の朝日酒造さんが醸すお酒である。軽やかで、マスカットの様な香りが爽やかな一品だ。
まずは久保田スパークリングをワイングラスで出し、冷や奴を用意する。絹ごし豆腐なのだが、これも岡町商店街の豆腐屋さん謹製である。薬味に大葉の千切りと青ねぎの小口切りを盛り、削り節を散らした。
「お待たせしました。お醤油とポン酢、どちらにしはります? お塩もありですよ」
「ポン酢で、お願いします……」
結城さんの声はすっかりと沈んでしまっている。世都は醤油差しに入れたポン酢を「どうぞ」と出した。
「ありがとうございます……」
結城さんはポン酢を受け取りはしたが、冷や奴には掛けずに、ワイングラスをちびりと傾けた。
「あの……」
消え入りそうな声で口を開く。目を瞬かせると、ぽろりと雫が頬を伝った。
「あたしって、そんなに重い女ですか……?」
想像はしていた。恋愛体質だからというわけでは無いが、結城さんは依存体質でもあるのでは無いかと。
「何があったんですか?」
世都が優しく聞くと、結城さんはずずっと鼻をすすった。
「たっくんに「重い、しんどい」て言われたんです。それ、あたし、前にも言われたんで、友だちに相談して、気ぃ付けてたつもりやったんですけど」
「そのときはどんなことをしてはったんか、聞いてええですか?」
「はい……。あの、もういつでも相手と繋がっていたくて、ちょいちょいLINE送ってたんです。それが鬱陶しいって言われたから、たっくんにはあたしからは送らん様にして。でもたっくんには送って欲しいから、休憩時間とか、そういうときに送って欲しいて言うてたら、しんどいて言われて」
「用事があるわけや無いのに、LINE送り合うたりするってことですか?」
「用事っちゅうか、今何してる? とか、今こんなことやってるよ、とか、そんなんで良かったんですけど」
もの凄く分かりやすく「重い女」だった。
「いつかてたっくんを優先してたし、あたしなりに尽くしてたつもりやのに」
本当にステレオタイプである。不謹慎ながらも「他にパターン無いんかい」と思ってしまう。
世には、そうして欲しい男性だっているだろう。優先して欲しい、尽くされたい、何でもやってもらいたい。
ただ、これはただの世都の心証なだけだが、男性の多くは縛られることを嫌がるのでは無いだろうか。それは尽くされたい男性であっても同じだ。正直なところ、尽くされたいのに束縛するなという男性は、世都視点だとクズ男なのだが。
「あの、あたし、どうしたら良かったんでしょう。どうしたらええ人に出会えますか? そうゆうのんも、占いで分かったりしますか?」
タロット占いも万能では無い。だがこの願いは可能ではある。しかし、本質は別のところにあるのでは、と世都は感じている。
それでも占うことで結城さんの気が済むのなら。救われるのなら。癒されるのなら。
「できますよ」
世都は穏やかに、そう応えた。すると結城さんの目が鈍く、だが希望を持った様に光った。