どういうこと? なにが起きているの?
仁奈と亜里沙からは次々にメッセージが入る。
『クラスのメッセージは読まなくていいよ。混乱するから』、『ちょっと厄介なことになりそうだから、柚月はクラスのに返信しないで』と同じような文面が届く。
返答をするより早く次のメッセージが入る。自分のどんくささに腹が立つ。返答ができずに苛立っていると、『大丈夫だよ』と亜里沙がメッセージをくれた。
『既読マークがついてる。それで柚月が見たのはわかる。無視しているなんて思ってない。ゆっくり入力してくれればいいよ』
励ますようなスタンプが続いている。ホッと息を吐き『ありがとう』と入力する。
それから仁奈がクラスアカウントの大量のメッセージをわかりやすくまとめてくれた。
事のはじまりは陽翔が模擬試験会場へ現れなかったことだ。
メールをしてもSNSメッセージを送っても通話をしても返答がない。海いきの話は陽翔が模擬試験のため日をあらためることになっていた。
ほかのトラブルに巻き込まれているかもしれないけれど、ひょっとしたらやっぱり海へいったのかもしれない。どうしたものかと陽翔のグループが騒いでいた。
自宅へは連絡してみなかった。「親に知られたくないなにかをしているかもしれない。大げさにして陽翔が親に問い詰められるのはマズいから」というグループ内の暗黙の配慮があったからだ。
それを眞帆がぶち破った。
「自宅へ連絡してみれば?」といい出したのだ。
『故意かどうかはわかんないよ。単純に事故に遭っているとか病気かもって心配したのかもしれない。陽翔くんが風邪で寝込んでいればよかったんだろうけど──自宅にいなかったんだよね』
結果として陽翔が模擬試験をさぼっていることが両親にバレた。
そして両親は激怒した。
『その剣幕に押されて眞帆がつい、そういえば海へいくとかなんとか、って漏らしちゃうくらいだったって。これは故意かもしれないけどね』
自分へなびかない陽翔への当てつけだ。事態に困惑していると、仁奈と亜里沙のグループアカウントから通話が入った。仁奈だ。
『入力しているともどかしいから、直接話すわ。──それから陽翔くんの親が暴走したのよ』
陽翔の両親の剣幕におびえた眞帆が「本当に海へいったのかどうかはわからない」と言い訳をすると、両親は陽翔の部屋へ勝手に入って陽翔のパソコンを開いたらしい。
「え? パスワードとかあるでしょう?」
『本当だよ。どうやったのかはわかんないけど、とにかくそのパソコンにあった友だちとかクラスのアドレスへ手当たり次第に連絡をして回っているんだって。それもヒステリックな声で問い詰めるみたいに』
『それに自転車もなかったんだってさ』と亜里沙が通話に加わった。
『だから、ひょっとしたら海へいったんじゃないかって話になって』
「自転車で? 待って。何十キロあるのよ」
『あたしも調べた。陽翔くんの家がどこかわかんないけど、札幌駅からだと石狩のメノウのとれる海岸まで三十七キロあったわ』
「どうしてそこまでして海へ?」
声を震わせる柚月へ仁奈がいいにくそうに告げた。
『陽翔くんが無茶しているのは──あんたのためかも』
へ? と面食らう。
『だからー。……あんたにメノウをあげようとでもしたんじゃないの? 海へいけないあんたのためにさ。一刻も早くってね』
血の気がさあっと引いていく。
そのために模試をさぼって? こんな騒ぎにもなっている?
だから仁奈たちはわたしにクラスのSNSメッセージを読まなくていいっていったの?
たぶん……陽翔くんファンの子たちがそこでわたしを猛攻撃しているから?
『だけど、柚月』と仁奈が強い声を出していた。
『ぜんぜんあんたのせいじゃないから。お願いだから自分を責めないでよ』
『そうだよ。なんかいってくるやつがいるかもだけど無視して。無責任なことをいってるだけだから付き合う必要ないよ。クラスのSNSも見ちゃ駄目。動きがあったらあたしらが連絡するから』
わかった? と二人に念を押されてしぶしぶうなずく。
通話を終えて膝の上へスマートフォンを置く。目の前がチカチカした。
わたし──どうしたら。
「車を出しましょう」
不意に公武が声を出した。
咄嗟になにをいわれているのかわからず、目をしばたたく。
「すみません。SNSの通話、聞こえてしまいました。柚月さんのクラスメイトの一大事なんですよね」
ああそうだ。本当にこれは──大事なんだ。
「話を聞いた限りでは、彼の家庭環境は一般的ではない状況にあるのがうかがえます」
少なくとも、と公武は続ける。
「パソコンの件だけでなく、数時間行方がわからなくなっただけの高校生の息子の行方を知るために、クラス中を巻き込むなんて普通じゃない」
仮に、と公武は語気を強める。
「彼が重篤な疾患を抱えていて、常日頃からご両親が気を配っていたとしてもやり方があるはずです。捜しにいきましょう。車を出します」
え、と顔をあげる。あわてて、「いえそんな」と手を振る。
「これだけの騒ぎになっていて彼から反応がないということは、みなさんの懸念どおり何らかのトラブルに遭っているのかもしれません。スマートフォンを見ることができない状況ですから」
「電池がなくなっているのかもしれないし」
「それに彼が本当に海へ向かっていたとして、それがあなたのためかもしれないとなれば、柚月さんだってほうってはおけないでしょう?」
「それは……」と口ごもる。
「いまごろご両親もお友だちから聞き出した情報をもとに海へ向かっているでしょう。ご両親にピックアップしてもらって、それで何事もなく彼がおさまればいい。だけど、そうならなかったら?」
ハッと顔をあげる。
……あくまで想像でしかない。けれど、この短時間でクラス中へ連絡してまわった陽翔の両親が、「心配したのよ」と穏やかに陽翔を迎えるとはとても思えなかった。両親の車を見た陽翔が思わず逃げ出して、ますます事態がこじれるかもしれない。
「人手は多いほうがいいです。無駄足になってもいいですよ。ためらって動かなくて、彼になにかあったら?」
「そうですけど。どうして? 公武さんはぜんぜん陽翔くんを知らない。それなのに、どうしてそんなに考えてくださるんですか?」
「彼の事情を知ってしまったら僕だってほうってはおけません。後味悪いです」
真っ直ぐな眼差しでいい切る公武を見て、ああ、と思う。
鼻先が熱くなる。
そうだ。公武さんは茶化したり、ごまかしたりなんてしない。いつだってしっかり物事に向き合う人なんだ。
「彼はどんな人なんです?」
え? と眉をあげる。
容姿のことを聞いているのではないだろう。人柄か。
「陽翔くんは」と視線を伏せる。
「──クラスの中心にいるみたいな人です。行灯のデザインをしたのも彼です。弁慶とか義経じゃなくて、カニにしようって。張り切ってあれを仕上げたんです」
「ああ、あのカニの」と公武は目元を緩める。
「あれはいいカニでした。たかがカニなのに、ものすごい迫力だった。あんなカニを作りあげることができる人ならますますほうってはおけませんよ」
それに、と公武はスマートフォンの天気予報サイトを柚月へ見せた。
「天候が怪しいです。石狩方面の海から急激に天候が悪くなりそうです。それもかなりの雨量になるでしょう。短時間で河川の氾濫の恐れがあるくらいです。早く動くべきです」
いわれればいわれるほど、じっとしていられなくなる。
だけど待って。どう考えても無関係な公武さんに車を出してもらうのはおかしいわよ。
それに陽翔くんを見つけても、陽翔くんは──公武さんの車に乗るかな。
柚月の葛藤をみてとったか、公武が明るい声を出す。
「じゃあ、柚月さん、僕と海へドライブしましょう」
「はい?」と声が裏返る。
「たまたま海へドライブしていると、たまたまクラスメイトに出会う。よくあることでしょう?」
「……そんなたまたまは、めったにないかと」
「それこそ乙部先生に怒られちゃいますか?」
視線を伏せる。
そうだ。行先は海。どんな理由があるにしろ、海へいくのをお父さんは嫌がるだろうな。
「そうはいっても」と公武は場を和ませるような陽気な声を出した。
「カッコいい車ではありません。仕事機材を積み込みやすいようにボックス型なんです。軽自動車なんですけどたっぷりと荷物を模せられますし、屋根にサイクルキャリアもつけてあります。──たまたま通りがかった男子高校生の自転車だって載せられます」
生真面目な公武がウイットに富んだいいかたまでしての提案だ。
その気持ちが嬉しくて柚月は折れた。
「お願いします」
仁奈と亜里沙からは次々にメッセージが入る。
『クラスのメッセージは読まなくていいよ。混乱するから』、『ちょっと厄介なことになりそうだから、柚月はクラスのに返信しないで』と同じような文面が届く。
返答をするより早く次のメッセージが入る。自分のどんくささに腹が立つ。返答ができずに苛立っていると、『大丈夫だよ』と亜里沙がメッセージをくれた。
『既読マークがついてる。それで柚月が見たのはわかる。無視しているなんて思ってない。ゆっくり入力してくれればいいよ』
励ますようなスタンプが続いている。ホッと息を吐き『ありがとう』と入力する。
それから仁奈がクラスアカウントの大量のメッセージをわかりやすくまとめてくれた。
事のはじまりは陽翔が模擬試験会場へ現れなかったことだ。
メールをしてもSNSメッセージを送っても通話をしても返答がない。海いきの話は陽翔が模擬試験のため日をあらためることになっていた。
ほかのトラブルに巻き込まれているかもしれないけれど、ひょっとしたらやっぱり海へいったのかもしれない。どうしたものかと陽翔のグループが騒いでいた。
自宅へは連絡してみなかった。「親に知られたくないなにかをしているかもしれない。大げさにして陽翔が親に問い詰められるのはマズいから」というグループ内の暗黙の配慮があったからだ。
それを眞帆がぶち破った。
「自宅へ連絡してみれば?」といい出したのだ。
『故意かどうかはわかんないよ。単純に事故に遭っているとか病気かもって心配したのかもしれない。陽翔くんが風邪で寝込んでいればよかったんだろうけど──自宅にいなかったんだよね』
結果として陽翔が模擬試験をさぼっていることが両親にバレた。
そして両親は激怒した。
『その剣幕に押されて眞帆がつい、そういえば海へいくとかなんとか、って漏らしちゃうくらいだったって。これは故意かもしれないけどね』
自分へなびかない陽翔への当てつけだ。事態に困惑していると、仁奈と亜里沙のグループアカウントから通話が入った。仁奈だ。
『入力しているともどかしいから、直接話すわ。──それから陽翔くんの親が暴走したのよ』
陽翔の両親の剣幕におびえた眞帆が「本当に海へいったのかどうかはわからない」と言い訳をすると、両親は陽翔の部屋へ勝手に入って陽翔のパソコンを開いたらしい。
「え? パスワードとかあるでしょう?」
『本当だよ。どうやったのかはわかんないけど、とにかくそのパソコンにあった友だちとかクラスのアドレスへ手当たり次第に連絡をして回っているんだって。それもヒステリックな声で問い詰めるみたいに』
『それに自転車もなかったんだってさ』と亜里沙が通話に加わった。
『だから、ひょっとしたら海へいったんじゃないかって話になって』
「自転車で? 待って。何十キロあるのよ」
『あたしも調べた。陽翔くんの家がどこかわかんないけど、札幌駅からだと石狩のメノウのとれる海岸まで三十七キロあったわ』
「どうしてそこまでして海へ?」
声を震わせる柚月へ仁奈がいいにくそうに告げた。
『陽翔くんが無茶しているのは──あんたのためかも』
へ? と面食らう。
『だからー。……あんたにメノウをあげようとでもしたんじゃないの? 海へいけないあんたのためにさ。一刻も早くってね』
血の気がさあっと引いていく。
そのために模試をさぼって? こんな騒ぎにもなっている?
だから仁奈たちはわたしにクラスのSNSメッセージを読まなくていいっていったの?
たぶん……陽翔くんファンの子たちがそこでわたしを猛攻撃しているから?
『だけど、柚月』と仁奈が強い声を出していた。
『ぜんぜんあんたのせいじゃないから。お願いだから自分を責めないでよ』
『そうだよ。なんかいってくるやつがいるかもだけど無視して。無責任なことをいってるだけだから付き合う必要ないよ。クラスのSNSも見ちゃ駄目。動きがあったらあたしらが連絡するから』
わかった? と二人に念を押されてしぶしぶうなずく。
通話を終えて膝の上へスマートフォンを置く。目の前がチカチカした。
わたし──どうしたら。
「車を出しましょう」
不意に公武が声を出した。
咄嗟になにをいわれているのかわからず、目をしばたたく。
「すみません。SNSの通話、聞こえてしまいました。柚月さんのクラスメイトの一大事なんですよね」
ああそうだ。本当にこれは──大事なんだ。
「話を聞いた限りでは、彼の家庭環境は一般的ではない状況にあるのがうかがえます」
少なくとも、と公武は続ける。
「パソコンの件だけでなく、数時間行方がわからなくなっただけの高校生の息子の行方を知るために、クラス中を巻き込むなんて普通じゃない」
仮に、と公武は語気を強める。
「彼が重篤な疾患を抱えていて、常日頃からご両親が気を配っていたとしてもやり方があるはずです。捜しにいきましょう。車を出します」
え、と顔をあげる。あわてて、「いえそんな」と手を振る。
「これだけの騒ぎになっていて彼から反応がないということは、みなさんの懸念どおり何らかのトラブルに遭っているのかもしれません。スマートフォンを見ることができない状況ですから」
「電池がなくなっているのかもしれないし」
「それに彼が本当に海へ向かっていたとして、それがあなたのためかもしれないとなれば、柚月さんだってほうってはおけないでしょう?」
「それは……」と口ごもる。
「いまごろご両親もお友だちから聞き出した情報をもとに海へ向かっているでしょう。ご両親にピックアップしてもらって、それで何事もなく彼がおさまればいい。だけど、そうならなかったら?」
ハッと顔をあげる。
……あくまで想像でしかない。けれど、この短時間でクラス中へ連絡してまわった陽翔の両親が、「心配したのよ」と穏やかに陽翔を迎えるとはとても思えなかった。両親の車を見た陽翔が思わず逃げ出して、ますます事態がこじれるかもしれない。
「人手は多いほうがいいです。無駄足になってもいいですよ。ためらって動かなくて、彼になにかあったら?」
「そうですけど。どうして? 公武さんはぜんぜん陽翔くんを知らない。それなのに、どうしてそんなに考えてくださるんですか?」
「彼の事情を知ってしまったら僕だってほうってはおけません。後味悪いです」
真っ直ぐな眼差しでいい切る公武を見て、ああ、と思う。
鼻先が熱くなる。
そうだ。公武さんは茶化したり、ごまかしたりなんてしない。いつだってしっかり物事に向き合う人なんだ。
「彼はどんな人なんです?」
え? と眉をあげる。
容姿のことを聞いているのではないだろう。人柄か。
「陽翔くんは」と視線を伏せる。
「──クラスの中心にいるみたいな人です。行灯のデザインをしたのも彼です。弁慶とか義経じゃなくて、カニにしようって。張り切ってあれを仕上げたんです」
「ああ、あのカニの」と公武は目元を緩める。
「あれはいいカニでした。たかがカニなのに、ものすごい迫力だった。あんなカニを作りあげることができる人ならますますほうってはおけませんよ」
それに、と公武はスマートフォンの天気予報サイトを柚月へ見せた。
「天候が怪しいです。石狩方面の海から急激に天候が悪くなりそうです。それもかなりの雨量になるでしょう。短時間で河川の氾濫の恐れがあるくらいです。早く動くべきです」
いわれればいわれるほど、じっとしていられなくなる。
だけど待って。どう考えても無関係な公武さんに車を出してもらうのはおかしいわよ。
それに陽翔くんを見つけても、陽翔くんは──公武さんの車に乗るかな。
柚月の葛藤をみてとったか、公武が明るい声を出す。
「じゃあ、柚月さん、僕と海へドライブしましょう」
「はい?」と声が裏返る。
「たまたま海へドライブしていると、たまたまクラスメイトに出会う。よくあることでしょう?」
「……そんなたまたまは、めったにないかと」
「それこそ乙部先生に怒られちゃいますか?」
視線を伏せる。
そうだ。行先は海。どんな理由があるにしろ、海へいくのをお父さんは嫌がるだろうな。
「そうはいっても」と公武は場を和ませるような陽気な声を出した。
「カッコいい車ではありません。仕事機材を積み込みやすいようにボックス型なんです。軽自動車なんですけどたっぷりと荷物を模せられますし、屋根にサイクルキャリアもつけてあります。──たまたま通りがかった男子高校生の自転車だって載せられます」
生真面目な公武がウイットに富んだいいかたまでしての提案だ。
その気持ちが嬉しくて柚月は折れた。
「お願いします」