「……? 誰だっけ」
近づいてくる女子二人は、一緒にいる私のことなんて視界に入っていないみたいに、志麻くんを囲んでしまう。
タレ目でゆるくウェーブした栗色の髪の方が水田さん、気の強そうなショートヘアの方が谷口さんだったと思う。
きっと意識的にやっている水田さんの上目遣いは、同性の私から見てもきゅんとしてしまう可愛らしさだ。
「B組の水田晴菜と谷口綾だよ~」
「藤岡くん買い物? 何買ったの?」
「クラスの買い出し」
「そっか、A組はお化け屋敷だっけ? わたし藤岡くんに驚かせてほし~」
「俺はお化け役じゃないから無理」
買い物袋へと手を伸ばして中身を見る谷口さんに、なんとなくモヤモヤとした気持ちになる。
志麻くん個人の買い物じゃないし、見られて困るものだって入っているわけがないんだけど。
「なーんだ、ザンネーン」
「あ、けどさ、藤岡くんだって自由時間はあるでしょ?」
「ああ」
「あっ! じゃあさ、学園祭私たちと回ろーよ!」
「うんうん、そうしよ!?」
会話に入ることもできずに居心地の悪さを感じていると、彼女たちはそんなことを言い出した。
お化け屋敷の裏方担当ではあるものの、学園祭の間ずっと持ち場にいるわけではない。
志麻くんだって学園祭を回るだろうと思ってはいたけれど、私も誘うタイミングを考えていたところだったのに。
とはいえ、ここで三人の会話に割り込んでまでそれを主張するほど、図々しくなることもできない。
(後悔しないようにって、眞白も背中を押してくれたのに……)
人目を気にして、途端に勇気を出せなくなってしまう。
だって、誰の目から見ても志麻くんの隣に並んで歩くのは、私よりも彼女たちみたいな綺麗な女性の方がお似合いだと思ってしまうから。
「……悪いけど、先約あるから無理」
自分の気弱さに自分自身でうんざりしていた時、志麻くんがとんでもない爆弾を落とす。
驚いて顔を上げた私の視界には、同じようにショックを受けている二人の姿が映った。
「うっそ、マジかぁ」
「まあ、そりゃそっか。声掛けるの遅すぎたよね」
「もー、だから先週見かけた時に行こうって……!」
「じゃあ、俺ら学校戻らなきゃなんねーから。……千綿?」
互いに文句を言い合っている水田さんたちをよそに、買い物袋を持ち直した志麻くんは二人を避けて歩き出す。
けれど、私が着いてこないことに気がついたらしい彼は、立ち止まってこちらを振り向いていた。
「へっ!? あっ、うん……!」
私も一緒に学校に戻らなきゃいけない。そう思い出して、慌てて志麻くんのところへと駆け出していく。
スルーされていたとはいえ何も言わずに離れるのも気が引けて、通りすがりに水田さんたちに会釈をする。
なんとなく睨まれているような気がしたけれど、誘いを断られてショックを受けている最中だからだろうと思うことにした。
(先約……か)
零れ落ちてしまいそうになる溜め息をどうにか飲み込んで、志麻くんと並んで学校への道を戻っていく。
あまり愛想が無いなんて言われたりするものの、志麻くんはいわゆる人気者だ。前髪で隠れていても、ふとした瞬間に顔が整っているのもわかる。
入学当時から何かと関わる機会が多かったから、なんとなく気を許してくれているように思えるのだけど。それはひとえに、志麻くんが優しいから勘違いをしてしまうのだ。
「学園祭って思ってるよりあっという間だから、無計画だと全然回りきれなかったりするんだよね」
「ああ、それは確かにそうだな」
「去年とかは私も、たこ焼き食べ損ねたりしてたし」
「知ってる」
「え、なんで知ってるの!?」
「完売の張り紙見て泣きそうになってんの見た」
去年の学園祭はお世話になった先輩とおしゃべりしたり、眞白や仲のいい女子グループとワイワイしていて、気づいたら後夜祭になっていた。
だから、志麻くんと話す機会もあまり無かったんだけど。まさか見られていたなんて。
「恥ずかし……声掛けてくれたら良かったのに!」
「千綿の分までたこ焼き食っといたって?」
「えっ!? 志麻くんは食べられたの!?」
「チーズ入りのやつ美味かった」
「なにそれズルい!」
志麻くんにそんな姿を見られていたなんて、ものすごく恥ずかしい。だけど、私を見つけてくれていたことが嬉しいとも思う。
一年生の時には、志麻くんへの気持ちがここまで大きくなるなんて考えてもみなかった。
だからこそ、告白もしたいけれどそれと同じくらい、志麻くんと一緒に学園祭を楽しめたらと思っていたんだ。
「……今年も、一緒に行く人と楽しめたらいいね」
「ん?」
意味は通じると思ったのに、志麻くんはなぜか不思議そうな顔をして私のことを見下ろしてくる。
「とぼけなくていいよ、先約あるんでしょ。モテ男の予約枠は早々に埋まっちゃうんだ」
約束をした相手が男女どちらなのかはわからないけど、高校最後の学園祭だ。志麻くんにとって素敵な思い出になればいい。
ただ、できれば……女の子じゃなかったらいいのになんて、最低なことを願ってしまうけれど。
「ああ、先約の話は嘘だよ」
「…………え?」
考える間もなくあっさりと返された言葉に、私は思わず立ち止まっていた。
期待をしすぎるあまりに都合よく聞こえた幻聴かもしれない。そんな風に考えた私に、志麻くんは言葉を続ける。
「だから、先約なんかないって。ああ言った方が手っ取り早いだろ」
彼が嘘をついているような素振りはない。水田さんたちの急なお誘いに対して、すんなり諦めさせるための手段だったらしい。
ということは、志麻くんが学園祭の自由時間を一緒に過ごす相手は、まだいないということになるのだろうか?
「そっか、嘘……だったんだ」
思いがけず私にもチャンスが巡ってきたのかもしれない。
水田さんたちと同じように断られてしまう可能性もあるけれど、最初からゼロよりは1%でもある可能性に縋れるならその方がずっといい。
このまま教室に戻れば、また誰かが志麻くんに声を掛けることもあるだろう。
「志麻く……」
「……千綿は?」
「へっ!?」
誘うのならば今しかない。そう思って勇気を振り絞ろうとした私は、急な問い掛けに開いた口から情けない声を出してしまう。
そんな私の反応をからかうわけでもなく、志麻くんはじっとこちらを見つめていた。
考えの読めないその瞳に、心拍数がぐんぐん上昇していくのがわかる。
「学園祭の自由時間って、なんか予定ある?」
「予定……?」
「誰かと約束してるとか」
「いや、特にしてないけど」
志麻くんがなにを言わんとしているのかわからなくて、私の頭上には大量の疑問符が浮かぶ。
「それなら、俺と回らないか? 学園祭」
だからやっぱり、今度こそ都合のいい幻聴が聞こえてしまったのかもしれない。