「ねえ、付き合ってくれなくて良かったんだよ?」
「なーに言ってんの、こういう時は一蓮托生でしょ!」
学園祭当日。どういうわけだか、私は眞白と共に遊園地に遊びに来ていた。
今さら引き返すつもりもないけれど、スマホの画面には事前購入した入園チケットが表示されている。おまけにフリーパス付きだ。
志麻くんの死を回避するために学園祭を休むと決めた後、眞白は私にどうするつもりなのかを尋ねてきた。
『どうっていうか、家にいるつもりだけど』
そもそも、それ以外に選択肢があるだなんて思いつきもしなかったのだ。
目的はあくまで学園祭を休むことであり、物理的に志麻くんから離れられれば何だっていい。
『はーっ、もったいない!』
『もったいない……?』
『千綿、あたしがサボり方ってやつを教えてあげる』
渾身のキメ顔でそう提案された行き先が、多くの人で賑わう日曜日の遊園地だった。
「……眞白、こんな風にサボったことあるの?」
「ううん? 無いよ、あたしも遊園地は初めて」
単純に遊びに来たかっただけなのではないかと思わなくもない。だけどここまで来てしまったのだから、あれこれ考えても仕方がないだろう。
学校には体調不良で欠席と連絡してあるものの、両親には何も伝えずに学園祭に参加をしていることになっている。
もしもバレればとんでもなく怒られるのは目に見えている。
それでも、巻き戻ってしまえば学校をサボった事実も消えてなくなるのだから、先のことは考えないことにした。
(叱られる明日を期待するなんて、おかしな話だけど)
入園ゲートを潜った私は、園内マップを手に眞白と相談する――つもりだったのだけど、マップを手に取る前に腕を引かれてしまう。
「ま、眞白……っ!?」
「マップなんていらないでしょ、片っ端から制覇してくよ!」
私の答えを待つこともなく、眞白は私を連れて手近なアトラクションへと駆け出して行った。
最初に乗ったのは大きな船の形をした乗り物で、左右に振り子をするだけだというのに、身体が浮くような感覚が擽ったくて自然と叫び声が出る。
次に乗ったのはコーヒーカップ。眞白が思いきり回転させるので酔うかと思ったけれど、私よりも本人の方が目を回したらしかった。
気を取り直して、この遊園地の一番の目玉でもあるジェットコースターに乗る。
さすがに少し並んだけれど、その甲斐あって日常では味わえないようなスリルを体感することができたし、喉が枯れるほど叫んでしまった。
「待って待って……! ちょっと休憩しよ」
そこからメリーゴーランドに乗ったりお化け屋敷に入ったり、園内の三分の二ほどをハイペースで制覇したところで私はストップをかける。
売店でホットドックと飲み物を購入した私たちは、休憩スペースに腰を下ろすことにした。
専門店のように手の込んだ料理ではないものの、茹でたてのソーセージがプリッとしていて、少し多めにかけられたケチャップとマスタードも食欲をそそる。
一緒に売っていたチュロスも美味しそうだったし、追加で買おうかなんて思ってしまうほどだ。
「遊園地って、やっぱり楽しいね」
「来て良かったでしょ?」
「うん。最初はサボるのに罪悪感あったけど」
絶叫や笑い声の響き渡る園内は、どこを見ても楽しそうな人の姿ばかりだ。
ここしばらくはずっと志麻くんのことばかりを考えていて、何かを楽しもうなんて余裕はひとつもなかった。
始めこそ呑気に遊んでいていいのかなんて思ったりもしたけれど、こんな風に楽しいのは久々な気がする。
「千綿は楽しそうにしてるのが一番可愛いよ」
「えっ、なに急に……?」
「あと美味そうにご飯食べてるのがいい」
眞白の言葉に咀嚼していた口の動きが止まる。ずっと味気なかった食事が、今はこんなにも美味しいと思える。
大好きなお母さんの料理だって喉を通らないくらいだったのに。自分でも思う以上に、心が悪い方へと堕ちていってしまっていたのだろう。
『今日も美味そうに食ってるなと思って』
こんな時にも思い出すのは志麻くんの声で、胸の奥がぎゅっと締め付けられたように感じる。
今みたいな状況にならなかったら。もしも告白を受け入れてもらえて、志麻くんと両想いになれていたなら。
(こんな風に遊園地に遊びに来たり、ご飯を食べたり。志麻くんとやりたいこと、いっぱいあるのに……)
「……今日が終わったらどうするの?」
「終わったら……?」
「藤岡くんの告白を避けて、明日は……まあ祝日だけど、明後日からは通常に戻るでしょ」
眞白の問い掛けに対して、私は答える術を持ち合わせていない。
今日という日に訪れる死を回避することだけで精一杯で、その先への希望は打ち砕かれていくばかりだった。
「終わったら……それから考える、かな」
無事に学園祭を終えて、志麻くんとはもう以前のような関係には戻れないかもしれない。
それでも、もしも志麻くんが学園祭を終えても告白することを諦めなかったら……?
この死のループは続いていくのだろうか? それとも、今日を乗り切りさえすればこのループから抜け出すことができるのだろうか?
「まだ、どうしたらいいかわかんないや」
「……そっか」
再び考えが暗く沈んでいきそうになって、私はそれを誤魔化すように残りのホットドックを口の中に押し込んだ。
まだまだ遊び足りない気持ちはあったものの、帰りの時間が遅くなりすぎるのは家族にも怪しまれてしまう。
私たちは学園祭の終了に合わせて家に到着できるよう、早めに電車に乗っていた。
電車内は同じく早めに帰路につこうとする乗客が多いらしく、ほどほどに混みあっている。
「……あのジンクスっていつからあるのかな?」
一日中喋り倒して特に思いつく話題も無くなった頃。吊り革に手を掛けながら隣に並んで立つ眞白に、ふと浮かんだ疑問が口を突いて出た。
「さあ? 少なくとも、スミセンが学生だった頃にはもうあったみたいだけど」
問い掛けてから言葉足らずかと思ったが、眞白にはちゃんと伝わったようだ。
私はそこまで純部先生と雑談をすることはないものの、眞白はジンクスの話までしたことがあるらしい。
「純部先生って30歳くらいだっけ?」
「うん。だから15年とか、それ以上前からあるんだろうね」
ジンクスがどのようにして広まっていくのかは定かではないけれど、告白が実った誰かがいるからこそなのだろう。
そのジンクスさえ無かったら、こんなことにはなっていないのかもしれない。
そう思っても仕方がないと理解はしていても、たらればを考えずにはいられなかった。
「それじゃ、あたし降りるから。また学校でね」
「うん、また学校で」
中学までは地元が同じだった眞白が引っ越しをして以来、帰り道の途中で別れる時間が早くなったのは少し寂しい。
それでも、高校は別々になってしまうと思っていたから、今でもこうして一緒に過ごせるのは純粋に嬉しかった。
そうして一足先に電車から降りた眞白を見送って、再び景色が動き出していく。
(また……学校で)
なんでもないその言葉が、今の私の胸にはとてつもなく重たい鉛のように感じられる。
(そろそろ、後夜祭が終わる頃かな……)
電車の窓から見える景色はすっかり暗くなっていて、今日という日が平和に過ぎようとしていることに気がつく。
もしかしたら、学校以外の場所にすら志麻くんが現れるんじゃないかって。
映画やドラマならばあったかもしれないそんな展開は訪れず、私の予想を裏切ってくれた。
このまま家に帰って眠りに就いて、目が覚めたら10月9日の月曜日がやってくる。志麻くんのいる新しい日が。
そんな期待が膨らむ私のスマホが、通知に震えたのはその時だった。
(ん? 眞白かな……)
鞄の中から取り出したスマホの画面に視線を落とした瞬間、世界のすべてが消え去ったような感覚に飲み込まれる。
――体調どうだ? ゆっくり休めよ。あと――
表示される小さなメッセージ。
見てはいけない。今すぐ電源を落とさなきゃ。
(ダメ………ダメ、ダメだってば……っ!!!!)
脳内で鳴り響く警告音に反して、私の指は凍り付いたみたいに動こうとしない。
急激に視界が歪んで、熱が頬を伝い落ちていくのがわかる。
――好きだ、千綿――
その文字を認識した瞬間。目の前にいるわけではないというのに、志麻くんはもうこの世にいないのだと理解させられた。
その場に膝から崩れ落ちた私に驚き、心配する人の声も耳には届かない。
ただ私はありったけの声で志麻くんの名前を呼びながら、深い闇の底へと沈んでいった。