それから私は教室を閉鎖してから職員室へと向かった。
先生方は最初のうちは信じてくれなかったが、死体を確認して以降、慌ただしく警察へ連絡し――。
学校は封鎖された。
「……それが、私の見た全てです」
音楽室は全てのカーテンが閉め切られて外界との一切を遮断してある。
そんな閉ざされた部屋の中心には机と椅子が設けられており、簡易的な取調室と化していた。
生徒34人に加え、担任や副担任、生活指導担当などを含めれば40人は軽く超える。
そんな大人数を警察署へと連れて行く手段が無かったし、そもそも取調室や待機させておく場所が無いのだろう。
「なるほど」
私の対面に座っている、強面でスーツ姿の刑事さんが大仰にうなずく。
「つまり、発見から通報まで時間がかかったのは……」
「はい、怖かったんです。それに腰が抜けて動けなくて……。大声で助けを呼ぶと、もしかしたらその……犯人が来るかもって思って……」
「なるほど……」
刑事さんがちらりと手元のメモに視線を落とす。
「ちなみにどのくらい時間が経ったか覚えてる?」
「いいえ。教室に入るときも、宮苗さんを見つけてからも、時計を見たりしなかったので……」
「そうか」
私が説明すると、納得したように刑事さんは何度もうなずいた。
……そう、納得してもらわないと困る。
夜見坂くんと口裏を合わせたし、筋書きは破綻していないはずだ。
夜見坂くんによると、第一発見者が疑われることは、テレビや映画と違ってさほどないらしい。
そもそも警察はそんな決めつけをしない。
物的な証拠が全て。
それが見つからなければ、例えグレーに近くても立件されない事の方が多い。
日本で裁判が始まると99%は有罪が確定するっていうのは、有罪に持っていけそうな事件だけを立件するからだ。
グレーな状態で解放された容疑者は、沢山いる。
「よし、じゃあとりあえず一旦教室に戻って。また聞きたいことが出来たら呼ぶかもしれないから」
「……はい」
私が立ち上がると、教室の奥でキーボードを叩いて供述調書を取っていた女性警官が顔をあげる。
生徒用のすこし小さい学習机に、青い警察官用の制服を着た大人が体を縮こまらせて座っているのは、なんとも違和感のある光景だった。
「ああ、君。殺されたことと死体の状況は絶対に話さないでくれ」
「……殺されたこともですか?」
死体を直接見たのは、生徒の中では私ひとりだけ。
ただ、みんな私になにがあったのか説明を求めてくるだろう。
特に、宮苗瑠璃とともに私をいじめていた二人――中水 美衣奈と崎代 沙綾は絶対に問い詰めてくるはずだ。
そうなったら私は黙っておける自信は無かった。
「一応、事件と事故、両方の可能性が残っているからね」
「努力、します」
あの状況で事故なわけがない。
自殺なんかもっとあるはずがない。
警察だってそれは分かっているだろう。
それでもその線を消さないで考える。
これがプロだ。
もしかしたら私がついた嘘も簡単に見破られてしまうのかもしれないと考えたら、どうにもうすら寒い気がしてならなかった。
「それからここで何を聞かれたかも教えない様に」
「はい」
警察官の男の人は、私にそれだけ言うと調書へと視線を戻す。
話が終わったと判断した私は、ドアの前で「失礼します」と言って一礼してから音楽室を後にしたのだった。
音楽室の隣は準備室になっており、その隣には西階段がある。
ちょうど音楽室だけが階段で切り取られて孤立するような造りになっていた。
私は冷え切った廊下を歩いて仮の待機所となっている空き教室へと向かう。
入り口を固める警察官に一礼してから教室に入ると――。
「――っ」
合計70個、35対の目が私に向けられ、私は思わず怯んでしまった。
「先生、それでは順にお願いします」
私の頭ごしに警察官が担任の下園 勝正先生へと指示を飛ばす。
「あ、はい」
下園先生は、まだギリギリ20代で若手の数学教師だ。
楕円のきりっとした眼鏡をかけ、物腰も比較的穏やかで顔も良く、生徒からの人気も高い。
……ただ、私のされていることを知っていても何か策を考えるから我慢していてくれと言うだけで何もしてくれない先生だったため、私は信用などしてはいなかった。
「えっと、それなら白山を除いて出席番号順に――」
「ざけんなっ!」
机を蹴り倒すほどの勢いで立ち上がったのは、湯川 大陽。
体格はやや大柄で筋肉質。
容姿は中の上くらいだが、太い眉と力強い目が印象的だ。
髪の毛をこげ茶色に染めていても、地毛で通している少々反抗的な生徒なのだが、クラスのムードメーカー的なところがあるため、先生も手を出しにくい存在だ。
そして、殺された宮苗瑠璃と付き合っていた。
「だったら34の俺が一番最後じゃねえかよっ!」
「そ、それがどうした?」
「とっとと終わらせて犯人探しに行きてえんだよ。なのに最後にされてたまっか!」
その言葉に、先生の顔色が真っ青になる。
湯川大陽は今犯人と言った。
これは事件であると知っていた。
ただ、そのことを不審に思うクラスメイトは誰一人として居ない。
宮苗瑠璃が殺されたということを受け入れていた。
刑事さんが私に口止めするまでもなく、情報が漏れていたのだろう。
先生の顔色を見るに、もしかしたら――。
「ぜ、全員が終わるまで帰宅は出来ない。それから親御さんが迎えに来るまで学校の敷地から出るのは禁止だ」
「俺らのことが、親の迎えが必要な歳に見えっか!?」
バンッと拳が机に叩きつけられる。
彼の怒りがどれほどのものか、それだけで察せられた。
「だから――」
「ところで、この犯人馬鹿だよね」
あまりにも場にそぐわない、軽い声。
薄っぺらく、軽率で、だというのに怒り狂った湯川大陽を抑え込んでしまうほどの異質。
夜見坂くんだ。
「絞め殺したじゃない、女の子を」
夜見坂くんはへらへら笑いながら両手できゅっと雑巾でも絞る様に幻の宮苗瑠璃を締め上げる。
「……だからなんだっ」
人が死んだというのにいつもと変わらない様子を見せる夜見坂くんに、湯川大陽はいら立ちを隠せない様だった。
「なのに犯行現場をわざわざ密室にしたんだよね。普通密室にするなら自殺にみせかけなきゃいけないのに」
確かに夜見坂くんの言う通りだ。
密室にする意味は、外から誰かが入ってこられない状況を作ることで、自殺以外で死亡した可能性を消すことにある。
殺人と分かる方法で死んでいては意味がない。
「…………なんで俺に向かって言ってんだ、あぁ!?」
「あれ、そういう風に聞こえた?」
湯川大陽から本気の殺意すら込められた視線を浴びせられたというのに、夜見坂くんの態度は変わらない。
まるで柳の木であるかのようにへらへらと受け流す。
「大丈夫。犯人が馬鹿ってだけで、君が馬鹿ってわけじゃないから」
と言ってから、まるでチャシャ猫のようなニヤニヤした笑いを浮かべてみせる。
それは遠回しではあるが、君が犯人じゃないの? とも言わんばかりの態度に見えた。
「て……めぇ……」
湯川大陽も夜見坂の態度から私と同じ意図を読み取ったのだろう。
顔を真っ赤にし、それでも足りずに額をぴくぴくと痙攣させる。
「なめんなコラぁっ!」
勢いよく夜見坂くんの襟首を掴むと、ぐいっと自分の方に引きよせる。
ふたりの額と額は1センチも離れておらず、いつそれがぶつけられてもおかしくはない。
湯川大陽は自分の彼女を殺されたのだ。
その上言いがかりをつけられてしまっては、それこそ新たな殺人事件の犯人になってもおかしくはないだろう。
湯川大陽の形相にはそれだけのことをしてしまいそうな迫力があった。
だというのに、夜見坂くんの態度は軽薄なまま。
「え~、心外だなぁ。僕は真剣だよ」
外国人がするように両手のひらを天井へ向け、肩をすくめてみせる。
「それがざけてんだよっ!」
夜見坂くんの行動に真剣さはまったく感じられない。
まさに、嘘のかたまりみたいな言葉だった……というのに――。
「じゃあ、僕の推理を聞いてみる?」
相変わらず全てをねじ伏せるほどの力を持っていた。
先生方は最初のうちは信じてくれなかったが、死体を確認して以降、慌ただしく警察へ連絡し――。
学校は封鎖された。
「……それが、私の見た全てです」
音楽室は全てのカーテンが閉め切られて外界との一切を遮断してある。
そんな閉ざされた部屋の中心には机と椅子が設けられており、簡易的な取調室と化していた。
生徒34人に加え、担任や副担任、生活指導担当などを含めれば40人は軽く超える。
そんな大人数を警察署へと連れて行く手段が無かったし、そもそも取調室や待機させておく場所が無いのだろう。
「なるほど」
私の対面に座っている、強面でスーツ姿の刑事さんが大仰にうなずく。
「つまり、発見から通報まで時間がかかったのは……」
「はい、怖かったんです。それに腰が抜けて動けなくて……。大声で助けを呼ぶと、もしかしたらその……犯人が来るかもって思って……」
「なるほど……」
刑事さんがちらりと手元のメモに視線を落とす。
「ちなみにどのくらい時間が経ったか覚えてる?」
「いいえ。教室に入るときも、宮苗さんを見つけてからも、時計を見たりしなかったので……」
「そうか」
私が説明すると、納得したように刑事さんは何度もうなずいた。
……そう、納得してもらわないと困る。
夜見坂くんと口裏を合わせたし、筋書きは破綻していないはずだ。
夜見坂くんによると、第一発見者が疑われることは、テレビや映画と違ってさほどないらしい。
そもそも警察はそんな決めつけをしない。
物的な証拠が全て。
それが見つからなければ、例えグレーに近くても立件されない事の方が多い。
日本で裁判が始まると99%は有罪が確定するっていうのは、有罪に持っていけそうな事件だけを立件するからだ。
グレーな状態で解放された容疑者は、沢山いる。
「よし、じゃあとりあえず一旦教室に戻って。また聞きたいことが出来たら呼ぶかもしれないから」
「……はい」
私が立ち上がると、教室の奥でキーボードを叩いて供述調書を取っていた女性警官が顔をあげる。
生徒用のすこし小さい学習机に、青い警察官用の制服を着た大人が体を縮こまらせて座っているのは、なんとも違和感のある光景だった。
「ああ、君。殺されたことと死体の状況は絶対に話さないでくれ」
「……殺されたこともですか?」
死体を直接見たのは、生徒の中では私ひとりだけ。
ただ、みんな私になにがあったのか説明を求めてくるだろう。
特に、宮苗瑠璃とともに私をいじめていた二人――中水 美衣奈と崎代 沙綾は絶対に問い詰めてくるはずだ。
そうなったら私は黙っておける自信は無かった。
「一応、事件と事故、両方の可能性が残っているからね」
「努力、します」
あの状況で事故なわけがない。
自殺なんかもっとあるはずがない。
警察だってそれは分かっているだろう。
それでもその線を消さないで考える。
これがプロだ。
もしかしたら私がついた嘘も簡単に見破られてしまうのかもしれないと考えたら、どうにもうすら寒い気がしてならなかった。
「それからここで何を聞かれたかも教えない様に」
「はい」
警察官の男の人は、私にそれだけ言うと調書へと視線を戻す。
話が終わったと判断した私は、ドアの前で「失礼します」と言って一礼してから音楽室を後にしたのだった。
音楽室の隣は準備室になっており、その隣には西階段がある。
ちょうど音楽室だけが階段で切り取られて孤立するような造りになっていた。
私は冷え切った廊下を歩いて仮の待機所となっている空き教室へと向かう。
入り口を固める警察官に一礼してから教室に入ると――。
「――っ」
合計70個、35対の目が私に向けられ、私は思わず怯んでしまった。
「先生、それでは順にお願いします」
私の頭ごしに警察官が担任の下園 勝正先生へと指示を飛ばす。
「あ、はい」
下園先生は、まだギリギリ20代で若手の数学教師だ。
楕円のきりっとした眼鏡をかけ、物腰も比較的穏やかで顔も良く、生徒からの人気も高い。
……ただ、私のされていることを知っていても何か策を考えるから我慢していてくれと言うだけで何もしてくれない先生だったため、私は信用などしてはいなかった。
「えっと、それなら白山を除いて出席番号順に――」
「ざけんなっ!」
机を蹴り倒すほどの勢いで立ち上がったのは、湯川 大陽。
体格はやや大柄で筋肉質。
容姿は中の上くらいだが、太い眉と力強い目が印象的だ。
髪の毛をこげ茶色に染めていても、地毛で通している少々反抗的な生徒なのだが、クラスのムードメーカー的なところがあるため、先生も手を出しにくい存在だ。
そして、殺された宮苗瑠璃と付き合っていた。
「だったら34の俺が一番最後じゃねえかよっ!」
「そ、それがどうした?」
「とっとと終わらせて犯人探しに行きてえんだよ。なのに最後にされてたまっか!」
その言葉に、先生の顔色が真っ青になる。
湯川大陽は今犯人と言った。
これは事件であると知っていた。
ただ、そのことを不審に思うクラスメイトは誰一人として居ない。
宮苗瑠璃が殺されたということを受け入れていた。
刑事さんが私に口止めするまでもなく、情報が漏れていたのだろう。
先生の顔色を見るに、もしかしたら――。
「ぜ、全員が終わるまで帰宅は出来ない。それから親御さんが迎えに来るまで学校の敷地から出るのは禁止だ」
「俺らのことが、親の迎えが必要な歳に見えっか!?」
バンッと拳が机に叩きつけられる。
彼の怒りがどれほどのものか、それだけで察せられた。
「だから――」
「ところで、この犯人馬鹿だよね」
あまりにも場にそぐわない、軽い声。
薄っぺらく、軽率で、だというのに怒り狂った湯川大陽を抑え込んでしまうほどの異質。
夜見坂くんだ。
「絞め殺したじゃない、女の子を」
夜見坂くんはへらへら笑いながら両手できゅっと雑巾でも絞る様に幻の宮苗瑠璃を締め上げる。
「……だからなんだっ」
人が死んだというのにいつもと変わらない様子を見せる夜見坂くんに、湯川大陽はいら立ちを隠せない様だった。
「なのに犯行現場をわざわざ密室にしたんだよね。普通密室にするなら自殺にみせかけなきゃいけないのに」
確かに夜見坂くんの言う通りだ。
密室にする意味は、外から誰かが入ってこられない状況を作ることで、自殺以外で死亡した可能性を消すことにある。
殺人と分かる方法で死んでいては意味がない。
「…………なんで俺に向かって言ってんだ、あぁ!?」
「あれ、そういう風に聞こえた?」
湯川大陽から本気の殺意すら込められた視線を浴びせられたというのに、夜見坂くんの態度は変わらない。
まるで柳の木であるかのようにへらへらと受け流す。
「大丈夫。犯人が馬鹿ってだけで、君が馬鹿ってわけじゃないから」
と言ってから、まるでチャシャ猫のようなニヤニヤした笑いを浮かべてみせる。
それは遠回しではあるが、君が犯人じゃないの? とも言わんばかりの態度に見えた。
「て……めぇ……」
湯川大陽も夜見坂の態度から私と同じ意図を読み取ったのだろう。
顔を真っ赤にし、それでも足りずに額をぴくぴくと痙攣させる。
「なめんなコラぁっ!」
勢いよく夜見坂くんの襟首を掴むと、ぐいっと自分の方に引きよせる。
ふたりの額と額は1センチも離れておらず、いつそれがぶつけられてもおかしくはない。
湯川大陽は自分の彼女を殺されたのだ。
その上言いがかりをつけられてしまっては、それこそ新たな殺人事件の犯人になってもおかしくはないだろう。
湯川大陽の形相にはそれだけのことをしてしまいそうな迫力があった。
だというのに、夜見坂くんの態度は軽薄なまま。
「え~、心外だなぁ。僕は真剣だよ」
外国人がするように両手のひらを天井へ向け、肩をすくめてみせる。
「それがざけてんだよっ!」
夜見坂くんの行動に真剣さはまったく感じられない。
まさに、嘘のかたまりみたいな言葉だった……というのに――。
「じゃあ、僕の推理を聞いてみる?」
相変わらず全てをねじ伏せるほどの力を持っていた。