お相手は、当時3年生(僕が入学時)だった、丹羽神楽くんです。神楽くんと出会ったのは、僕が中学3年生のときです。9月に行われた学校見学会に参加したのですが、校舎見学が行われている際、2年生の教室の後ろ、明るい茶色のマッシュヘア、大きめなシルバーのアクセサリーを耳元で揺らす、ある男子生徒のことが気になったのです。その男子生徒は、他の生徒たちよりも前のめりの姿勢で授業を傾聴していて、その姿勢や背中から伝わってくる真面目さが、とにかく中学3年生の僕にとっては、稲妻が走るほどの衝撃を受けたし、とても印象的でした。

そして、見学終わり、今度は部活の体験の時間がやってきました。僕は小学生時代、中学生時代と運動部に所属したこともなければ、体育の授業の成績も悪く、かといって文化部に入れるほど器用な人間でもありません。それに高校にあるどの部活動にも興味を示さなかったので、体験せずにそのまま帰宅しようと思っていたのですが、何となくの勘が働いて、僕はサッカー部の体験を選びました。いつも外れてばかりの直感を信じたのですが、このときばかりは間違っていなかったと思えたのです。

手書きのプラカードを掲げた先輩たちと、見学や体験を希望する中学生やその保護者たちで廊下は溢れていたので、僕はすんなりとサッカー部の文字や、それらしい先輩の姿を見つけられませんでした。どこに行けばいいのかも分からず、しかも生徒たちのワサワサとした声に掻き消され、どこで誰が喋っているのかも把握できず、僕は「サッカー部」と小さく呟きながら、生徒の間を縫うようにウロウロと歩いてしたのですが、そんな僕に優しく声を掛けてくれた1人の男の人がいたのです。

「もしかして、君、サッカー部の見学希望者?」

狩猟犬のようなクールな声がしたほうに顔を向けると、そこには細身で高身長、ワイシャツの下からは筋骨隆々たる体が浮き彫りになっている、あの2年生が立っていたのです。

僕は少しだけ放心状態のままコクリと頷くと、目を細めて、フフッと笑ったのです。僕を見てくるその顔はあどけなく、カッコよさと少年のような可愛さをもち併せていたので、僕は瞬間に心を奪われました。

「よーし、じゃあ、俺に付いて来て。エスコートしてあげる」

高い位置から差し伸べられてきた手。僕は断ることなく、小刻みに震え続ける手をそっと重ねました。