すぐに春休みが明けて新学期が始まった。何の策略か、俺達は同じクラスになってしまった。
ユキは転校初日から校内で有名になった。とんでもないイケメンが転校してきたという噂はあっという間に広がり、違うクラスの女子がユキの顔を見に来るほどだった。しかし当の本人はというと……。
「みっちゃん、次は移動教室だよ」
「ああ、うん……」
「みっちゃん、お昼は屋上で食べようよ」
「ああ、うん……」
「みっちゃん、一緒に帰ろう」
「ああ、うん……」
このとおり、俺にベッタリである。
最初はあのイケメンとどういう関係なんだと女子達に詰め寄られた。俺はただの幼馴染だと答えたのに、女子から告白されたユキが「俺にはみっちゃんがいるから」なんて余計なことを言って断るものだから、いつの間にか全校生徒公認のような仲になってしまった。こんな状況で俺がユキを邪険に扱えば間違いなく反感を買ってしまう。つまり外堀を埋められたのだ。
「みっちゃん、今日は少し寄り道して帰らない?」
「お、楠原と箭内は放課後デートか?」
「違う! デートじゃない!」
クラスメイトのからかいを否定しても照れ隠しのように受け流されてしまう。どうしてこうなっちゃったんだ……。
「で……寄り道って、どこに?」
二人並んで通学路を歩く。何だかんだでこいつの要望に付き合ってしまうのは幼馴染の性だろうか。
「昔よく遊んだ公園に行ってみたいんだ」
「ふーん……?まあいいけど」
ユキとは子どもの頃、近所の公園で毎日のように遊んでいた。いつも俺の後ろをくっついてくる様子が可愛くて、俺が一生守ってあげたいなんて思っていた。まさかそのユキが俺より十センチ以上背が高いイケメンになるなんて想像すらしていなかったけれど。
しばらく歩いていると公園に着いた。近くを通りすぎることはあっても中に入るのは久しぶりだ。ユキが引っ越してからはここで一人で遊ぶのが寂しくて、足が遠退いているうちに公園で遊ぶような年齢ではなくなってしまった。
「わー、懐かしいね」
「あれ、ここにシーソーなかったっけ?」
「あったと思う……けど、なくなっちゃったんだね」
二人でよく乗ったシーソーは老朽化のためか、知らないうちに撤去されていた。あんなに大きかったジャングルジムや滑り台はペンキが塗り直され、昔より小さく見えた。何だか寂しい気持ちになってしまう。ずっと同じ町に住んでいるけれど、こうして少しずつ様変わりしているんだと実感した。
「ブランコも小さくて漕げないね」
ユキは長い脚を窮屈そうに折り曲げて、二つ並んだブランコの片方に腰掛けた。昔は俺の方が背が高かったのにな、と思いつつ、流れで隣のブランコに座る。
「みっちゃん、この公園で結婚の約束したの、覚えてる?」
「……うん、まあ……」
あの時は本気で結婚したいと思っていた。忘れられるはずがない。
「ねえ、みっちゃん」
「ん?」
「俺、みっちゃんのこと大好きだよ」
「ん……んー……」
反応に困る。ユキのことが嫌いなわけじゃない。でも昔の可愛いユキちゃんと同じようにユキのことを好きになれるのかというと、正直よく分からないのだ。
「俺、みっちゃんに釣り合う男になれるようにがんばったんだよ。人見知りも直したし、勉強も運動もがんばった」
「結果的に俺の方が釣り合わなくなってるけど……」
「え? そうかなあ」
どう考えてもそうだろ。俺は見た目も成績も普通、友達が多いわけでも少ないわけでもなく、女子にはモテない。ごく一般的な高校生だ。ハイスペックなユキとは全然違う。
「みっちゃんは昔とあまり変わらないよね」
「悪かったな、成長してなくて」
「そういう意味じゃないよ。今も昔も可愛いってこと」
「……は?」
可愛い? 俺が? 思わず隣に顔を向けるとユキは真剣な表情で俺を見つめていた。
「十年間、みっちゃんのことを忘れた日なんてなかったよ」
「ユキ……」
「みっちゃんは? 俺のこと、時々でも思い出してくれてた?」
「……」
思い出した……なんてもんじゃない。だってこの十年間、俺は他の誰のことも好きになれなかったのだ。でも俺の淡い初恋はおかしなことになってしまった。俺が好きなのはあくまでユキちゃんであって、ユキではない。でもユキはユキちゃんと同一人物で……考えすぎて頭が痛くなりそうだ。
「あのさ……俺と結婚とか、本気で言ってる?」
「もちろん本気だよ」
まっすぐ射抜かれるような視線に、何故か心臓が音を立て始める。俺は慌てて目を逸らした。
「で、でも十年も会ってなかったのに」
「それはそうだけど……今までの十年より、これからの人生の方が長いよ。だから大丈夫」
「……」
いやいや、何が大丈夫なんだ。そんな簡単に言われても……。言葉に詰まっていると、不意にぽつぽつと水滴が頭に落ちてきた。
「雨?」
「うわ、ほんとだ。早く帰ろう」
二人でブランコから立ち上がり、家路を急ぐ。走っている間もみるみるうちに雨脚は強まっていく。
「ユキ、一回うちに寄ってけよ。傘貸すから」
「いいの?」
「いいから急げ!」
ここからなら俺の家の方が近い。ユキの方が足が速くて俺が後をついていく形になり、少し複雑な心境になった。
家に辿り着き、俺は急いで玄関の鍵を開けてユキを招き入れた。
「ほら、とりあえずこの傘使えよ」
「ありがとう」
予備のビニール傘を手渡すと、ユキはそれを差して帰ろうとした。しかし外はバケツを引っくり返したような大雨になっていて、風も強まっていた。いくら近いとはいっても歩いて帰るのは危なさそうだ。
「少し弱まるまで待ってるか?」
「うん……そうしようかな。ありがとう、みっちゃん」
にこりと微笑みかけられ、俺は思わず視線を逸らした。ユキの笑顔なんてもう見慣れているはずなのに、いつもより眩しく見えた。
とりあえず俺の部屋に行った。スマホで天気を調べたところ、どうやら通り雨のようで、もう少しすれば雨雲が通り過ぎるらしい。
「みっちゃん、助かったよ。ありがとう」
「別に……風邪引かれても困るし」
今両親は仕事に行っている。ユキと二人きりだ。いや、意識する必要なんてないんだけど……。さっきあんな話をしたせいだろうか、何となく照れくさくてユキの顔が見られなかった。
ユキは部屋の中をぐるりと見回して、壁に掛けてあるボードに目を止めた。
「この写真……」
「え? ……あっ」
そのボードには時間割表と一緒に写真を貼っていた。ユキちゃん……ユキと二人で写っている写真。お互いの家族同士で水族館に行った時に撮ったもので、俺達は大きな水槽の前で手を繋ぎながら満面の笑みを浮かべている。ずっと貼ったままにしていたそれは日に焼けて少し色褪せているけれど、思い出は鮮明なままだった。
「貼っててくれたんだね」
「そっ、それは……貼りっぱなしにしてただけっていうか、深い意味はないっていうか!」
「俺の部屋にも同じ写真が貼ってあるよ。こっちに戻ってくる時にも持ってきたんだ」
お揃いだね、と笑うユキの顔を見たらそれ以上何も言えなくなった。なんだか落ち着かない。部屋が暑い気がする。心臓の音ってこんなにうるさかったっけ……。
「この写真があったから、俺はみっちゃんに会えなくて寂しくてもがんばれたんだよ」
「……ユキ……」
「大好き、みっちゃん」
「……」
俺も、とは言えなくて俯いた。ユキの気持ちにどうやって答えたらいいのか分からない。俺は男で、ユキも男で。愛に性別は関係ないと母は言っていたけれど、俺にそれを受け入れるだけの度量はあるんだろうか。
「……俺、まだよく分かんなくて……だから、返事はもう少し……」
待って、と言おうとした瞬間、窓の外が光り、直後に轟音が鳴り響いた。思わず身を硬くする。
「わ、びっくりした……すごい雷だね」
「……う、うん」
先程とは違う意味で鼓動が速くなる。
俺は昔から雷が苦手だった。遠くで鳴っていても、空を走る稲光が見えるだけで身体が竦むのだ。高校生にもなって恥ずかしいけれど苦手なものは苦手なんだから仕方ない。
「みっちゃん、大丈夫?雷嫌いだったよね」
「だ……大丈夫だよ。苦手なだけで怖いわけじゃないから」
そう、あくまで苦手なだけ。怖くなんかない。怖くなんか……。そう自分に言い聞かせるものの、またもや光とともに腹の底に響くような激しい音が窓を揺らし、身動きが取れなくなる。
「……っ」
「みっちゃん」
ユキに呼び掛けられ、視線だけでそちらを向くと不意に手を握られた。そのまま抱き寄せられ、ユキの胸に顔を埋める体勢になる。
「えっ……ユキ!?」
「大丈夫だよ、俺がついてるから」
ぽんぽんと頭を撫でられて背中を擦られた時、ある記憶が蘇った。
あれは確か、ユキが引っ越す少し前のこと。俺の家でユキと遊んでいる時に今日のような雷雨になった。俺は怖くて動けず、一階にいる母を呼ぶことも出来なくて、ただ部屋で震えていた。でも俺と同じように怖がって縮こまっているユキを見たらどうにかしてやりたくて、ユキの手を握ってこう言ったのだ。
──だいじょうぶだよ、おれがついてるから。
「……っ!」
顔がかっと熱くなる。雨音も雷鳴も聞こえなくなるくらい心臓がうるさく鳴っている。
あの時はユキも雷を怖がっていた。でもいつの間にか克服して、今ではこうして俺を……抱きしめて、安心させようとしている。十年の月日は俺が思っていたより大きかったのかもしれない。
俺もユキも成長した。それでも変わらないものもある。
「ユキ……もう大丈夫だから」
「ほんとに? 無理してない?」
「してないよ」
俺はユキから身体を離し、俺より少し高いところにある顔を見上げた。
全く怖くないと言えば嘘になる。でも先程までの恐怖感は薄れていた。それになにより……。
「……あんまりユキにかっこ悪いところ見せたくないし」
「みっちゃん……!」
ユキは驚いたように目を見開いて、再会した日と同じようにがばっと俺に抱きついてきた。
「ちょ、ユキ……!」
「みっちゃんはずっとかっこよくて可愛いよ!」
「い、いや可愛くはないだろ……」
「ふふ、みっちゃん大好き」
心底愛おしそうな目で俺を見つめるユキの表情に、胸の奥がきゅっと締めつけられる感覚がした。少し苦しい……けれど、嫌じゃない。
「……俺も好きだよ、ユキ」
気づいた時にはそう口にしていて自分でも驚いた。ユキは一瞬ぽかんとしたけれどすぐに笑顔になり、俺の頬に手を添えた。
「嬉しい、みっちゃん」
「……うん」
これって、初恋が実ったってことなんだろうか。同じ人を二回好きになったような気分だけど、こういうのも悪くない。
ユキのきれいな顔がゆっくりと近づいてくる。
いつの間にか通り雨は止んでいて、分厚い雲の切れ間から夕陽が差していた。
俺は優しく重ねられた唇を受け入れながら、後で同性同士の結婚式が出来るチャペルをこっそり検索してみようと思った。
ユキは転校初日から校内で有名になった。とんでもないイケメンが転校してきたという噂はあっという間に広がり、違うクラスの女子がユキの顔を見に来るほどだった。しかし当の本人はというと……。
「みっちゃん、次は移動教室だよ」
「ああ、うん……」
「みっちゃん、お昼は屋上で食べようよ」
「ああ、うん……」
「みっちゃん、一緒に帰ろう」
「ああ、うん……」
このとおり、俺にベッタリである。
最初はあのイケメンとどういう関係なんだと女子達に詰め寄られた。俺はただの幼馴染だと答えたのに、女子から告白されたユキが「俺にはみっちゃんがいるから」なんて余計なことを言って断るものだから、いつの間にか全校生徒公認のような仲になってしまった。こんな状況で俺がユキを邪険に扱えば間違いなく反感を買ってしまう。つまり外堀を埋められたのだ。
「みっちゃん、今日は少し寄り道して帰らない?」
「お、楠原と箭内は放課後デートか?」
「違う! デートじゃない!」
クラスメイトのからかいを否定しても照れ隠しのように受け流されてしまう。どうしてこうなっちゃったんだ……。
「で……寄り道って、どこに?」
二人並んで通学路を歩く。何だかんだでこいつの要望に付き合ってしまうのは幼馴染の性だろうか。
「昔よく遊んだ公園に行ってみたいんだ」
「ふーん……?まあいいけど」
ユキとは子どもの頃、近所の公園で毎日のように遊んでいた。いつも俺の後ろをくっついてくる様子が可愛くて、俺が一生守ってあげたいなんて思っていた。まさかそのユキが俺より十センチ以上背が高いイケメンになるなんて想像すらしていなかったけれど。
しばらく歩いていると公園に着いた。近くを通りすぎることはあっても中に入るのは久しぶりだ。ユキが引っ越してからはここで一人で遊ぶのが寂しくて、足が遠退いているうちに公園で遊ぶような年齢ではなくなってしまった。
「わー、懐かしいね」
「あれ、ここにシーソーなかったっけ?」
「あったと思う……けど、なくなっちゃったんだね」
二人でよく乗ったシーソーは老朽化のためか、知らないうちに撤去されていた。あんなに大きかったジャングルジムや滑り台はペンキが塗り直され、昔より小さく見えた。何だか寂しい気持ちになってしまう。ずっと同じ町に住んでいるけれど、こうして少しずつ様変わりしているんだと実感した。
「ブランコも小さくて漕げないね」
ユキは長い脚を窮屈そうに折り曲げて、二つ並んだブランコの片方に腰掛けた。昔は俺の方が背が高かったのにな、と思いつつ、流れで隣のブランコに座る。
「みっちゃん、この公園で結婚の約束したの、覚えてる?」
「……うん、まあ……」
あの時は本気で結婚したいと思っていた。忘れられるはずがない。
「ねえ、みっちゃん」
「ん?」
「俺、みっちゃんのこと大好きだよ」
「ん……んー……」
反応に困る。ユキのことが嫌いなわけじゃない。でも昔の可愛いユキちゃんと同じようにユキのことを好きになれるのかというと、正直よく分からないのだ。
「俺、みっちゃんに釣り合う男になれるようにがんばったんだよ。人見知りも直したし、勉強も運動もがんばった」
「結果的に俺の方が釣り合わなくなってるけど……」
「え? そうかなあ」
どう考えてもそうだろ。俺は見た目も成績も普通、友達が多いわけでも少ないわけでもなく、女子にはモテない。ごく一般的な高校生だ。ハイスペックなユキとは全然違う。
「みっちゃんは昔とあまり変わらないよね」
「悪かったな、成長してなくて」
「そういう意味じゃないよ。今も昔も可愛いってこと」
「……は?」
可愛い? 俺が? 思わず隣に顔を向けるとユキは真剣な表情で俺を見つめていた。
「十年間、みっちゃんのことを忘れた日なんてなかったよ」
「ユキ……」
「みっちゃんは? 俺のこと、時々でも思い出してくれてた?」
「……」
思い出した……なんてもんじゃない。だってこの十年間、俺は他の誰のことも好きになれなかったのだ。でも俺の淡い初恋はおかしなことになってしまった。俺が好きなのはあくまでユキちゃんであって、ユキではない。でもユキはユキちゃんと同一人物で……考えすぎて頭が痛くなりそうだ。
「あのさ……俺と結婚とか、本気で言ってる?」
「もちろん本気だよ」
まっすぐ射抜かれるような視線に、何故か心臓が音を立て始める。俺は慌てて目を逸らした。
「で、でも十年も会ってなかったのに」
「それはそうだけど……今までの十年より、これからの人生の方が長いよ。だから大丈夫」
「……」
いやいや、何が大丈夫なんだ。そんな簡単に言われても……。言葉に詰まっていると、不意にぽつぽつと水滴が頭に落ちてきた。
「雨?」
「うわ、ほんとだ。早く帰ろう」
二人でブランコから立ち上がり、家路を急ぐ。走っている間もみるみるうちに雨脚は強まっていく。
「ユキ、一回うちに寄ってけよ。傘貸すから」
「いいの?」
「いいから急げ!」
ここからなら俺の家の方が近い。ユキの方が足が速くて俺が後をついていく形になり、少し複雑な心境になった。
家に辿り着き、俺は急いで玄関の鍵を開けてユキを招き入れた。
「ほら、とりあえずこの傘使えよ」
「ありがとう」
予備のビニール傘を手渡すと、ユキはそれを差して帰ろうとした。しかし外はバケツを引っくり返したような大雨になっていて、風も強まっていた。いくら近いとはいっても歩いて帰るのは危なさそうだ。
「少し弱まるまで待ってるか?」
「うん……そうしようかな。ありがとう、みっちゃん」
にこりと微笑みかけられ、俺は思わず視線を逸らした。ユキの笑顔なんてもう見慣れているはずなのに、いつもより眩しく見えた。
とりあえず俺の部屋に行った。スマホで天気を調べたところ、どうやら通り雨のようで、もう少しすれば雨雲が通り過ぎるらしい。
「みっちゃん、助かったよ。ありがとう」
「別に……風邪引かれても困るし」
今両親は仕事に行っている。ユキと二人きりだ。いや、意識する必要なんてないんだけど……。さっきあんな話をしたせいだろうか、何となく照れくさくてユキの顔が見られなかった。
ユキは部屋の中をぐるりと見回して、壁に掛けてあるボードに目を止めた。
「この写真……」
「え? ……あっ」
そのボードには時間割表と一緒に写真を貼っていた。ユキちゃん……ユキと二人で写っている写真。お互いの家族同士で水族館に行った時に撮ったもので、俺達は大きな水槽の前で手を繋ぎながら満面の笑みを浮かべている。ずっと貼ったままにしていたそれは日に焼けて少し色褪せているけれど、思い出は鮮明なままだった。
「貼っててくれたんだね」
「そっ、それは……貼りっぱなしにしてただけっていうか、深い意味はないっていうか!」
「俺の部屋にも同じ写真が貼ってあるよ。こっちに戻ってくる時にも持ってきたんだ」
お揃いだね、と笑うユキの顔を見たらそれ以上何も言えなくなった。なんだか落ち着かない。部屋が暑い気がする。心臓の音ってこんなにうるさかったっけ……。
「この写真があったから、俺はみっちゃんに会えなくて寂しくてもがんばれたんだよ」
「……ユキ……」
「大好き、みっちゃん」
「……」
俺も、とは言えなくて俯いた。ユキの気持ちにどうやって答えたらいいのか分からない。俺は男で、ユキも男で。愛に性別は関係ないと母は言っていたけれど、俺にそれを受け入れるだけの度量はあるんだろうか。
「……俺、まだよく分かんなくて……だから、返事はもう少し……」
待って、と言おうとした瞬間、窓の外が光り、直後に轟音が鳴り響いた。思わず身を硬くする。
「わ、びっくりした……すごい雷だね」
「……う、うん」
先程とは違う意味で鼓動が速くなる。
俺は昔から雷が苦手だった。遠くで鳴っていても、空を走る稲光が見えるだけで身体が竦むのだ。高校生にもなって恥ずかしいけれど苦手なものは苦手なんだから仕方ない。
「みっちゃん、大丈夫?雷嫌いだったよね」
「だ……大丈夫だよ。苦手なだけで怖いわけじゃないから」
そう、あくまで苦手なだけ。怖くなんかない。怖くなんか……。そう自分に言い聞かせるものの、またもや光とともに腹の底に響くような激しい音が窓を揺らし、身動きが取れなくなる。
「……っ」
「みっちゃん」
ユキに呼び掛けられ、視線だけでそちらを向くと不意に手を握られた。そのまま抱き寄せられ、ユキの胸に顔を埋める体勢になる。
「えっ……ユキ!?」
「大丈夫だよ、俺がついてるから」
ぽんぽんと頭を撫でられて背中を擦られた時、ある記憶が蘇った。
あれは確か、ユキが引っ越す少し前のこと。俺の家でユキと遊んでいる時に今日のような雷雨になった。俺は怖くて動けず、一階にいる母を呼ぶことも出来なくて、ただ部屋で震えていた。でも俺と同じように怖がって縮こまっているユキを見たらどうにかしてやりたくて、ユキの手を握ってこう言ったのだ。
──だいじょうぶだよ、おれがついてるから。
「……っ!」
顔がかっと熱くなる。雨音も雷鳴も聞こえなくなるくらい心臓がうるさく鳴っている。
あの時はユキも雷を怖がっていた。でもいつの間にか克服して、今ではこうして俺を……抱きしめて、安心させようとしている。十年の月日は俺が思っていたより大きかったのかもしれない。
俺もユキも成長した。それでも変わらないものもある。
「ユキ……もう大丈夫だから」
「ほんとに? 無理してない?」
「してないよ」
俺はユキから身体を離し、俺より少し高いところにある顔を見上げた。
全く怖くないと言えば嘘になる。でも先程までの恐怖感は薄れていた。それになにより……。
「……あんまりユキにかっこ悪いところ見せたくないし」
「みっちゃん……!」
ユキは驚いたように目を見開いて、再会した日と同じようにがばっと俺に抱きついてきた。
「ちょ、ユキ……!」
「みっちゃんはずっとかっこよくて可愛いよ!」
「い、いや可愛くはないだろ……」
「ふふ、みっちゃん大好き」
心底愛おしそうな目で俺を見つめるユキの表情に、胸の奥がきゅっと締めつけられる感覚がした。少し苦しい……けれど、嫌じゃない。
「……俺も好きだよ、ユキ」
気づいた時にはそう口にしていて自分でも驚いた。ユキは一瞬ぽかんとしたけれどすぐに笑顔になり、俺の頬に手を添えた。
「嬉しい、みっちゃん」
「……うん」
これって、初恋が実ったってことなんだろうか。同じ人を二回好きになったような気分だけど、こういうのも悪くない。
ユキのきれいな顔がゆっくりと近づいてくる。
いつの間にか通り雨は止んでいて、分厚い雲の切れ間から夕陽が差していた。
俺は優しく重ねられた唇を受け入れながら、後で同性同士の結婚式が出来るチャペルをこっそり検索してみようと思った。