「おばさん、この唐揚げおいしいです」
「あら、ほんと?おかわりもあるから遠慮なく食べてね」
 何がどうしてこうなったのか、ダイニングテーブルの向かい側にはイケメンの幼馴染が座っていた。
 挨拶だけだと思っていたのに、母は最初から食事に誘うつもりだったらしく、一緒に昼食をとることになってしまった。確かにいつもより早い時間から食事の支度をしているなとは思っていた。でもユキちゃんに会えることで頭がいっぱいだったせいでそこまで気に留めなかったのだ。
 俺は目の前の皿に盛られた唐揚げをひとつ食べた。いつもの冷凍品じゃない。多分駅前のデパ地下の惣菜だ。ずいぶん気合い入れてるな。
「あのさ……えーと……ユキ、くん?」
「どうしたの? 昔みたいにユキちゃんって呼んでよ」
 呼べるか! 今のお前はユキちゃんって柄じゃないだろ! ユキくん、もしくはユキさんだ。同い年のはずなのに俺よりだいぶ大人っぽく見える。なんか悔しい。
「じゃあ……ユキ。とりあえずユキって呼ぶから」
「うん、分かった」
 ユキちゃん……もといユキはにこにこと笑っている。切れ長の瞳は笑うと少し垂れ目になって優しい印象に変わった。
「一応確認なんだけど……本当に、あの子と同一人物なんだよな?」
「そうだよ、俺はみっちゃんの幼馴染で、子どもの頃に引っ越しちゃったユキだよ」
 ……やっぱりそうなのか。信じられない……というか、信じたくないけれど、どうやら事実らしい。今思い返してみれば、ユキちゃんがスカートを穿いているところなんて見たことがなかったし、髪も短めだった。でも顔が可愛すぎてそんな些細なことは全く気にしなかったのだ。もしかして俺ってすごく馬鹿な子どもだったんじゃないだろうか。
 よりによってこいつを女の子と勘違いして、しかもこの十年間忘れられなかったなんて……俺のセピア色の思い出がガラガラと音を立てて崩れていった。
「なんか、俺と同じ高校に行きたくて転校してきたって聞いたんだけど……」
「うん。本当はこっちの高校を受験したかったんだけど、親に反対されちゃって……でも諦められなくて、一年かけて説得したんだ」
「な、何でそこまで……?」
「だって、俺達結婚の約束したよね」
「ああ……え?」
 息をするようにさらりと言われ、俺はつい聞き流しそうになった。
 確かに、約束した。でもそれは、俺がユキのことを女の子だと思っていたからだ。俺がきょとんとしているとユキは徐々に不安げな表情になっていった。
「みっちゃん、まさか覚えてないの……?」
「い、いや……覚えてるっちゃあ覚えてる、けど……」
「俺はあの時からずっとみっちゃんが好きだよ」
「……え?」
「結婚の約束を守るために戻ってきたんだよ。十八歳になったらすぐ結婚出来るように、高校も同じところに行った方がいいと思って」
「……え!? いや、ちょ……ちょっと待って……!」
 母さんがいる前で何言い出すんだこいつ、と焦ったが、母は俺達の話を聞いても顔色ひとつ変えていなかった。それどころか温かく見守られているような……。
「良かったじゃない、光也。ユキちゃんもあんたのことを好きでいてくれて」
「な、何言ってんの!?」
「だって、今でもユキちゃんのこと好きでしょ?」
「みっちゃん、そうなの? 嬉しいな」
「ユキは黙ってて! 母さん、俺達男同士だけど……!?」
「愛に性別は関係ないんじゃない?」
 順応性が高すぎるだろ。この多様性の時代でも問題なく生きていけそうで何よりだ。しかしそれとこれとは別である。
 ずっと夢に見ていた、久しぶりに再会した幼馴染とお互いの気持ちを確かめ合うシチュエーション。でも思っていたのと違いすぎる。そもそも俺は男を好きになったつもりはない……!
「みっちゃん、結婚式の時は二人でタキシード着ようね」
「いや男同士は結婚出来ないだろ!」
「入籍は出来なくても式は挙げられるんだよ。それにパートナーシップ制度とか養子縁組とかもあるし」
「やめろ! 具体的な話をするな!」
 何でそんなに詳しいんだ。もしかして、本気で俺と結婚したくて調べたんだろうか。
「お、俺は女の子が好きなんだよ! ユキのことは勘違いしてただけで、男と結婚するなんて考えたこともないから!」
 慌ててそう告げるが、ユキは笑顔のまま全く動じなかった。
「そっか、じゃあこれから俺のこと好きになってもらえるように頑張るね」
「そんな努力いらないよ!」
 ユキは一旦箸を置き、俺の手に両手を重ねてきた。
「みっちゃん、改めてよろしくね」
「光也、ユキちゃんと仲良くね」
 この場に俺の味方はいなかった。この後ユキが帰るまでの時間は永遠とも呼べるほど長く感じられたのだった。