僕のことを知ってるか知らなかったか分からないが、文化祭の出し物は男女逆転喫茶になった。つまり、男がスカート、女子がズボンを履いている。
全員がウエイトレスをやるわけではなく、料理担当、装飾担当もいた。しかし希望していた装飾担当は人数が多く、くじで決めることになった為、外れた僕はウエイトレス担当になってしまった。
「似合ってる」
見事、装飾担当になれた碧葉がメイド服姿の僕をニヤニヤしながら見ている。
「うるさい」
「可愛いよ」
それは反則だろと何も言えなくなる。碧葉は追い討ちをかけるように、
「創志は可愛い」
と、スマホのカメラを向ける。からかわれている。完全にからかわれているのは分かっているのに、嫌ではなかった。
碧葉が自分のことを話してくれてから、学校の中でも僕に絡んでくるようになった。たまにお弁当を一緒に食べたりもする。二人だけで。なので、碧葉以外の友達は出来ずにいた。
本当は碧葉の友達とも話してみたい。僕とはタイプが違うのは分かるが、友達になれるかもしれないと思っている。一度、二人ではなく碧葉の友達の中に入れてもらうのを提案したが、やんわり断られてしまった。
「碧葉はかっこいい」
そして、最近の僕はやり返すを覚えた。スマホのカメラでクラスTシャツを着た碧葉を何枚も撮る。
そんなことをしていると開始時間が来て、僕は接客を碧葉は勧誘へと、それぞれの持ち場につく。どうなるかと思っていたが、忙しくあっという間に過ぎていった。
打ち上げをするので来れる人は二時間後に焼肉屋に来てくださいと文化祭の実行委員がホームルームで呼びかけをして、文化祭に幕が閉じる。
碧葉は来るだろうか。
視線をやるが、友達と仲良く話していて声をかけずらい。スマホで聞こうかと思ったがやめる。碧葉が居たとしても僕とは話さないだろう。他の人に話しかける勇気も一人でいる気もなかったので、打ち上げには不参加で帰ることにした。
文化祭が終わってしまった喪失感なのか、いつもいる碧葉がいないせいか、世界がどんよりとして見える。
駅のホームに着いて、スマホがないことに気がついた。ポケットの中、リュックの中、どこを探しても見つからない。記憶をたどると、おそらく机の上に置きっぱなしではないかということに気がついた。
今から学校に戻ったら、次の電車に間に合わない。それでもよかったが、文化祭のあとで盛り上がっている教室には帰りたくなかった。
スマホが数日なくたっていいだろう。諦めて小説を読むことにした。
「あ、あの。これ、さっき落としたのを見たので」
顔を見上げると、碧葉がいた。手には僕のスマホがあった。この光景を知っている。今、話しかけられたのは僕の言葉だ。
「バカにしてるだろ」
「してないよ」
「そう? ありがとう」
僕はスマホを受け取った。
「わざとやってるのかと思ったけど」
「えっ?」
「わざと机の上にスマホ置いて行ったんじゃないの? 俺に来てほしくて」
そんなつもりは一切なかったが、そういう見方もあるかと思うと恥ずかしくなってきた。
「そんなわけないだろ」
「そっか、俺はわざとやったけど」
「えっ、何を?」
「学生証」
「どういうこと?」
「創志が拾って、俺に声をかけてくれるかなと思って、学生証を落としたんだよね」
それは僕たちが出会った日の話だろうか。
「なんで?」
「創志と話したくて」
「だから、なんで?」
電車が到着した音が聞こえたが、僕たちは乗らなかった。
話したくてというのを友達になりたくてに変換して考えてみると、理由を聞くのは違う気がした。訂正したかったが、うまく言葉が見つけられない。
碧葉は、何かを決心したように深呼吸をした。
「好きだったから、創志のこと好きなんだよね」
目の瞳孔が限界まで開くのを感じる。碧葉は僕を真剣な眼差しで見ている。
「それはいつから?」
学生証を拾った日に初めて話したのだ。それまでに接点はなかったはず。
「中学の頃、ネットで見つけた子に一目惚れしたんだ。だけど、ある日から音沙汰がなくなっちゃって、もう見れないとかと諦めたんだけど、友達から近くの中学の人が女装してネットに写真を上げてたって見せてくれて、それがその子だった。運命だと思ったんだよね」
それは僕のことを言っているのだろうか。
「だから、会いに行かなきゃって、でも接点がないから、どうしようかと考えた時に、同じ高校に行けばチャンスがあるかもしれないと思ったから、その子の志望校を調べてさ、サッカーも理由つけてやめたんだよ」
その子というのは僕のことをなんだよな。
「ごめんね、突然こんな話してドン引きだよね、でもこれで隠し事はなし、だからさ、創志も俺のことどう思っているか教えて欲しい」
中学の時の女装を噂が広まる前から知っていてみていた?
志望校を調べた? サッカーを辞めた理由?
聞きたいことは山ほどある。
でも、きっと何を言われても、僕は碧葉のことを嫌いになることはないだろう。だってもう、僕の心は碧色に染まってしまっているから。
「碧葉のこと、好きだよ」