*     *     *

 おれは家の前に立っていた。何日かぶりの見慣れた玄関に、少しだけ緊張してしまう。ドアの前で立ち止まり、家の中に入るのをちょっとだけ躊躇った。
 怖かったんだ、おれは。パパとママに、また気付いてもらえないかもしれないって。
 だけど。
『──あんたが自分で頑張るしかないんだよ』
『──できるよ。りゅうせい君なら、きっとできる』
 そう言ってくれた、二人の顔が思い浮かんだ。
 ──そうだ、おれならできる。だっておれは、パパとママに笑ってほしいんだから。
 自分の〝みれん〟を確かめると、おれはするりとドアを通り抜けた。
 家の中は、どんよりとした雰囲気に包まれていた。リビングに行くと、そこにはげっそりとしたママと、ママに寄り添うパパの姿。どちらの顔にも笑顔はなかった。
「……ねえ、パパ、ママ」
 呼びかけてみる。だけど、やっぱり聴こえてないみたいだった。
 でも。
「パパ、ママ!」
 おれは、諦めない。
「もう、泣かなくていいよ。おれ、お星さまになるから。お星さまになって、パパとママのことずっと見守ってるから、だから」
 手を、伸ばす。触れないことがわかっていても、それでもよかった。二人を抱きしめたい、それだけで頭がいっぱいだったから。
「だから、寂しくないよ。二人とも、泣かないで」
 ねえ、パパ、ママ。
「笑顔に、なって……」
 そう言って、パパとママの身体におれの手が届いた瞬間。
「……りゅう、せい?」
 ──伸ばした手は、すり抜けずに、二人の身体に触れていた。
 ママが、大きく目を見開く。パパもおれを見て目を丸くしていた。
「龍星、お前、何で……」
 言い終わる前に、パパの瞳から大粒の涙が零れ落ちていた。
 そのことに、おれは小さくガッツポーズをする。
 やった、おれ、〝かじばのばかぢから〟が出せたんだ。
 でも、勝負はここからだ。おれは二人に笑ってほしいんだから。
「パパ、ママ、いっぱい悲しませてごめんなさい。いっぱい泣かせてごめんなさい。でもおれ、二人に泣いてほしくないよ」
 二人の胸元に縋り付いて、ぎゅっと抱きしめる。さっきまで忘れていた感触と温度に、胸がポカポカと温かくなった。
「おれ、お星さまになってパパとママを守る。だから、寂しくないよ。空を見上げれば、いつでもまた逢えるんでしょ?」
 鼻がツンとしたけれど、ぐっと堪えておれは歯を食いしばった。涙が零れてしまわないように、また泣いてしまわないように。
「だから、」
 パパ、ママ。
「──また、笑って?」
 二人を笑顔にしたい、その一心でおれはくしゃりと笑みを溢した。いつかママが、世界一だと褒めてくれたとびっきりの笑顔で。
 すると、パパとママは泣きながら、でも無理やり笑ってくれた。涙でぐしゃぐしゃの、だけど世界一眩しい笑顔だった。
 ──ああ、やっと笑ってくれた。
 それだけで、おれは幸せいっぱいの気持ちになる。あんまりにも嬉しかったから、今度は自然に笑顔が零れ出していた。
 二人が笑ってくれたから、おれはもう何も後悔なんてない。〝みれん〟は、もうない。
 そう思った時、突然おれは白い光に包まれた。それはどこか優しくて、柔らかくて、まるでパパとママに抱きしめられているような、そんなあったかい光だった。
「龍星?」
 パパが泣きそうな目でこちらを見る。
 泣かないでよ、せっかく笑ってくれたのにさ。
 そう言ったけど、きっともうすぐおれの声は二人に届かなくなる。光と共に、自分の存在が徐々に消えていくのがわかる。
 だから、さいごにひとつだけ。
「おれ、パパとママの子供になれて、最高に幸せだったよ」
 多分そこで、おれの姿は二人には完全に見えなくなった。白い光に溶かされるように、その温かさに眠くなってくる。
(茜お姉ちゃん、おれ、約束守ったよ。……れいかも、ありがと)
 そんな言葉をあの二人に伝えたらどんな顔をしただろうか。きっと茜お姉ちゃんは嬉しそうに笑って、れいかは相変わらず怖い顔で睨んできそうだ。
(じゃあね、パパ、ママ)
 さいごのさいごに、とびっきりの笑顔をパパとママに向けて。
 ──そうしておれは、〝お星さま〟になった。