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 真優と別れ、目的の場所へと向かう最中。
「怜香」
 聞き覚えのある声に呼び止められ、振り返った。
「──カズ」
 案の定、そこに立っていたのは、先程話題に上っていた男の姿だった。
 そして、カズの隣には頭を金に染めた見たこともないチャラ男──いや、どこかで見た覚えがあるな。
「あっれー⁉ 小松さんじゃん! 元気にしてた?」
 金髪チャラ男は相好を崩した。その人懐こさに思わずブンブンと振られた尻尾の幻覚が見えた気がした。この犬みたいな反応、どこかで──。
「さかした、だっけ」
 うろ覚えの名前を出すと、そいつはガックリと肩を落とした。
「赤下、だよ! 高二の時クラスメイトだったじゃん!」
 言われて漸くそんな名前だったな、と思い出した。高校時代、カズとよくつるんでいた、球技大会の時に一度話しかけてきた同級生。
「そういや、カズと同じ大学行ったんだっけ? あれ、もしかしてこれ、俺ってお邪魔虫な感じかな~? ラブラブデートの予定だった?」
 ニヤニヤとしながら見当外れなことを宣う赤下に、私は冷ややかな視線を送った。
「何言ってんの? カズとはただの友達なんだけど」
 瞬間、赤下の表情が固まった。そして、有り得ないというような驚愕をその顔に浮かべ、カズの顔を見つめる。
「……カズ、マジか。お前、こんなイケメンの癖にまだ友達やってんのか──グエッ」
 赤下の言葉を遮り、カズは赤下にヘッドロックをかけた。アヒルの潰れたような鳴き声を出した赤下を放置し、カズは「怜香、今こいつが言ったことは忘れていいから」と言い放つ。
「……うん、よくわかんないけど、まあいいや。じゃ、私、用事あるから」
 そう言って立ち去ろうとした私に、後ろから声が掛けられた。
「──怜香、大丈夫か」
 その言葉に、ああ、カズは私が何処に行こうとしてるのか、わかっているのだな、と思う。そして、わかっているからこそ、そう声を掛けてくれたことも。
 私は振り返り、ニッと笑った。
「ありがと、心配してくれて。──でも、もう大丈夫」
「……ああ、そうか」
 カズは表情を緩めた。
「じゃあ、またな」
 カズは赤下を連れて去っていく。
 私も踵を返すと、目的地へと歩き出した。
 朝の湿気の多さとは打って変わって、気持ちの良い青空が広がっていた。