六月二日。
ジメジメとした空気が広がっていた。
「眠い……」
昨日遅くまで夜更かししていたツケが回ったのか、瞼が中々持ち上がらなかった。それでも今日は起きなきゃいけない。一限目から落とせない授業があるから。
そして──今日は、何よりも大切な用事があった。
だから、重たい身体に鞭打って、私は朝の支度を始めた。
「怜香ちゃん!」
一コマ目は全員が履修する単位で、たまたま高校時代からの友人と被っていた。
高校時代からの三つ編みは変わらず、しかし眼鏡をとって少し垢抜けた彼女の隣の席に、私は腰を下ろした。
「おはよ、真優」
山崎真優。茜が居なくなった翌日に、私に声を掛けてきた少女だ。
あれから私たちはよく話すようになり、共に過ごすようになった。それまで、話しかけられないように使うだけで、読んですらいなかった小説も、真優の勧めでちょくちょく読むようになっていた。
それは、大学に入ってからもそう。
学部は違うけれど、たまたま大学が一緒だった私たちは、こうして講義が被ると隣の席で話したり、そのままお昼を一緒に食べたりもしていた。
「怜香ちゃん、私、今日二コマしかないから、一緒に本屋行かない?」
私も二コマしか入っていないから、いつもならOKしてそのついでに一緒にお昼も行く流れだが、今日は残念ながら用事がある。
「ごめん、真優。今日はちょっとパス。また今度行こう」
「そうなんだ……わかったよ」
私がこんな風に、友達と次の約束をすることがあるなんて、あの時は考えもしなかった。
「……ちなみに、さ」
真優がどこか興味津々の顔付きになる。
「今日の用事って、小久保君とのデート?」
「……はあ?」
心の底から呆れた声が出た。どうしてそんな発想になるんだ。
「そんなわけないでしょ。なんでここでカズが出てくるのさ」
「だって、怜香ちゃんと小久保君、たまに一緒にお昼食べてるじゃん。私、知ってるんだからね!」
してやったり、という自慢気な顔でそう宣われても、唖然とするだけである。大体、あいつと私はただの友人で、デートなんてものをするような関係ではないのだが。
そう否定すると、真優は何故かガックリした顔になった。
「ええ~、あんなに仲良いのに……」
「違うって言ってんでしょ。あいつはただの幼馴染。──まあ、今日の用事のことは、またいつか話すよ」
「うん、そっか」
真優は柔らかく微笑んだ。
色々と聞きたいことはあるだろうに、彼女はいつも深くは問わない。それでいて、何も聞かずに私に笑顔を向けてくれる。
──そんな彼女になら、いつか。
いつか、話せる日が来るだろうか。
私の秘密と、誰よりも大切な、親友のことを。