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七月二十二日。
相変わらず、代わり映えのしない朝がやって来た。
いつも通り読んでもいない本を広げ、目を滑らせる。
「あ、あの……」
いつもと違ったのは、声を掛けてきたのが、あの小久保一樹じゃなかったってことだ。
顔を上げると、眼鏡を掛けた三つ編みの大人しそうな少女が立っていた。名前はわからないが見覚えがあるから、このクラスの子なんだろう。
「何?」
「あ、いや、その……小松さん、大丈夫かなって。昨日、学校来てなかったから」
実際は、学校には来ていたが、教室には行かなかっただけだ。
「……大丈夫だけど、何で私に話しかけてきたの?」
いつも通りだったら、答えなかった言葉を彼女に返す。昨日いなかった、それだけで、私みたいな厄介者に声を掛けてくるとは思えなかったから。そんな奴は、目の前の席のお節介か、いつも笑ってばかりのバカしか知らない。
「そ、それは……いつも、その本読んでるでしょ? 私、その本が好きだから、いつか小松さんと話してみたいなって、ずっと思ってて……!」
緊張しながら、必死に絞り出したような声に、変な奴もまだまだいるものだな、と頬がほんの少し緩んだ。
「でも私、本当はこれ全然読んでないよ。ただ開いてただけ。だから、話せることはないけど」
そう言うと、「そうなんだ……」といたたまれなくなったのか、声が泣きそうに尻すぼみになる。そんな彼女に、私は言った。
「──もしよかったら、君のお勧めの本、教えてよ。そしたら、読んでみるからさ」
そう言うと、彼女は顔をパアッと明るくした。
「いいの⁉ 私のお勧めはね──」
──突然だけど、私とお友達になりませんかっ⁉
そんな突拍子もない言葉を思い出す。それとは違うけれど、こんな始まり方もいいんじゃないかと思う。まずは、彼女の名前を知るところから始めてみようか。
いつもと同じ、代わり映えのしない朝。いつもと少し違う出来事を携えて、いつもそこに居た君のいない日々が、新しく始まりを告げた。