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 昼休みの屋上。
「茜、あんたよくもまあ自分の役にも立たない授業を聞いてられるよね。私だったら絶対聞かない。聞くわけない」
 焼きそばパンを齧りながら私は茜に言った。
 頭上に空が広がるこの場所は私たちの特等席。他に人もやって来ないから、何一つ遠慮せずに茜と話ができた。
「だって、他の子が真面目に授業受けてるのに、私だけサボるなんてズルいじゃん」
「他の子には見えてないのに?」
 そう返すと、茜はぐっと言葉に詰まった。
「確かに……って、ダメダメ~っ! 私を悪の道に引き摺り込もうったってそーはいかないんだからね! そんなこと言って、レイは自分もサボる理由が欲しいだけでしょ⁉ 幽霊の私がサボってないんだから、レイもサボっちゃダメなのだ‼」
「ちっ」
「舌打ちした~! 酷いー」
「てか、何だよ、その謎理論は。あんたがサボってないからって私がサボっちゃいけない理由にはならなくない?」
 呆れながら私は紙パックのジュースにストローを突き刺した。
「……でも、授業、ちゃんと受けてほしいんだ。当たり前の、つまらないことかもしれないけど、できるならできるうちにやった方がいいって、そう思うから」
 ぐっと、何かを堪えるように胸元で手を握り締めた彼女の姿に、私はふいと目を逸らした。
 ──茜はもう、授業を受けることさえもできないのか。
 忘れていたことを思い出す。彼女は幽霊で、もう死んでいるのだ。
「わかったよ。あんたの熱意に免じて、授業はサボらないであげる」
 ストローから吸い上げたジュースは、甘ったるいブドウの味がした。



 キーンコーンカーンコーン、と終業の鐘が鳴った。
 ようやく放課後。長かった授業からもやっと解放される。
 身支度を整えてさっさと教室を出ると、ぴょこんとツインテールが後ろを追いかけてきた。
「ねえレイ、寄り道しない?」
「はぁ? 寄り道って、一体どこに」
「最近ね、気になる子がいるの。三日前くらいから同じ公園にいる男の子。いつ見てもそこにいるから、理由が気になっちゃって」
 出たよお節介。私ははあと溜め息を吐いた。茜はバカが付くほどのお人好しで、異常なまでのお節介だ。そんな所は腐れ縁の小久保一樹(あいつ)によく似ているから、どうして私の周りには似たようなバカばっかりが集まるのだろうと思ってしまう。でもまあ、茜のお節介は小久保一樹(あのバカ)をも凌駕するほどの重症なのだが。
 だから、こんな時の彼女が考えていることは手に取るようにわかるのだ。
「どうせ、『困っているんなら助けてあげたい』だとか思ってるんでしょ?」
「正解。でも、私じゃ声をかけられないから、レイに頼みたいなって」
 茜は上目遣いで両手を合わせ、お願いポーズでこちらを見つめてくる。
「私、生きてる人間には興味ないんだけど」
「そんなこと言わないで~。一生のお願いだから!」
 あんたの一生はもう終わってるけどな、と心の中で突っ込みながら、私は再び溜め息を吐いた。
「……しょうがないな。わかったよ、行くだけ行ってみて、その後でどうするか考える」
「ありがと、レイ!」
 眩しい笑顔を見せた茜に、ガキは苦手なんだけどな、とそっとぼやいた。

 やって来た公園は、通学路の途中にあった。
 茜が気になっているという男の子は、滑り台の頂上で三角座りをして空を見上げていた。
「ねえ、何してるの」
 男の子を見上げてそう問いかけると、彼は空を見上げていた視線を下に向けた。そうして私の姿をその視界に捉えると、「ひいっ」という間抜けな声を上げて急に立ち上がった。
「お、ちょい、どうした」
 私の声に答えることなく焦ったようにこちらに背を向けた彼は、きっと階段を下りようとしていたのだろう。しかし、男の子はつるりと足を滑らせ、どてっと滑り台に頭から倒れ込んだ。そのまま起き上がることなく、上下逆さまの状態で銀色のレールをズルズルと滑り落ちてくる。流石に心配になった私は滑り台へと駆け寄った。
「あんた、大丈夫?」
 地面付近まで頭から滑ってきた彼にそう声をかけた瞬間、彼はむくっと起き上がった。
「う、うわあああああっ」
 人の顔を見て叫び出した失礼なガキに思わず顔を顰めていると、彼は慌てて私から距離を取るように走り出した。
「ちょっ、何なんだよコラ」
「レイ、落ち着いて。怒らない怒らない」
 拳を握り締めた私に後ろから見守っていた茜がどうどうと宥めるように言った。
「こ、こっち来んなぁっ!」
 顔を真っ青にして叫んだ彼は、突然こちらに突進してきた。
「うわああああああっ」
 その小さな体は私の小脇をすり抜け、そして──。
「お姉ちゃん、助けてっ」
「えっ⁉」
「は?」
 私の後ろにいた茜に飛びついたのだ。
 唖然とする私の目には、男の子の背中に浮かんだ『41』という半透明の数字が映っていた。