* * *
身体が揺れる振動に、意識が徐々に覚醒していく。
目を薄らと開くと、どこかで見た黒が視界に入ってきた。ああ、これは小久保一樹のTシャツか、とぼんやりと理解する。
意識がはっきりとしてくると、今の状況が何となく掴めた。どうやら、私は小久保一樹の背中におぶわれているらしい。
「……あっ、レイ、気付いたんだね? よかったぁ~」
私が意識を取り戻したことに気付いたらしく、小久保一樹の隣を歩いていた茜が私の顔を覗き込んできた。
「由利香ちゃんが成仏した後、幽体離脱した疲れが出たみたいで、倒れちゃったんだよ。それで、小久保君がおんぶしてくれてるの」
茜の説明で状況を完全に理解した私は、トン、と小久保一樹を叩いた。
「お、起きたか」
「起きたから、降ろして」
「はいはい」
小久保一樹は仕方なさそうに苦笑すると、そっと私を地面に降ろした。
「大丈夫か? もしもまだ辛かったらいくらでもおぶるけど……」
「もう大丈夫。心配しすぎ」
一刀両断すると、「元気そうでなりよりだ」といつものように笑った。
しばらく無言の時間が続いて、私たちは歩き続けた。家が同じ方向などころか、隣の部屋なせいで、逃げることもできず、そのまま歩く。そして、ようやくマンションの部屋の前に辿り着いた時、私は呟いた。
「……あんたはさ」
「ん、なんだ?」
言いかけて、やっぱり止めた。
「なんでもない。……今日は、ありがと」
「ん。また明日な」
その言葉が告げられる前に、私は逃げるように家の中に入った。茜は、私の家族との関係を、踏み込まれたくないのを知っているから、私の家の中には入ってこない。だから、本当に一人きりだった。
自分の部屋に入り、扉を閉める。すっかり日が沈んで窓の外が黒に染まっているにもかかわらず、私は電気も付けずにドアを背にして座り込む。
「……気付きたく、なかったのに」
あの時、言いかけて止めた言葉は。
〝あんたは、私のこと、まだ友達だと思ってる?〟
──私が、まだあいつから友達だと思われていたいのだという、気付きたくなかった本音。
「友達に、なっちゃいけないのに」
まるで友達のように、あいつが「また明日な」と笑うから。
暗闇の中で踞る。
──もう一度、あの頃のように、カズと、呼びたくなってしまう。
そんな叶ってはいけない世迷い言を、心の中で漏らす自分を、「バカみたいだ」と心の底から嘲笑った。